曹将軍の娘が新たな妃として入内? 芳華は激しい衝撃を 小説 後宮艶夜*ロマンス~皇帝の貴妃は花の | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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 真実を知る瞬間


 後宮で再び暮らすようになってから、ふた月が経った。季節は四の月になり、冬場は温室でしか咲かなかった花も宮殿の庭でしばしば見かけることができるようになった。
 その朝、芳華は凜鈴の給仕で朝食を取った。二ヶ月前の夜からしばらく、それでも法明は数日に一度は、昼間、律儀に後宮に通ってきた。しかし、彼が芳華を訪ねても、芳華は終始沈黙を守っている。話しかけられても、おざなりな言葉しか返さない。その頑なな態度に辟易したのか、ここひと月ほど皇帝のお渡りはふっつりと途絶えた。
 もちろん、夜のお召しは一度もない。凜鈴などは気を揉んでいるようだが、芳華にとっては法明の相手をして気詰まりな時間を過ごさないで済むのは助かる。
 三度の食事もすべて居室で一人取り、話し相手は凜鈴だけという極めて閉鎖的な日々だ。しかし、お腹の胎児は順調に育ち、もう八ヶ月、産み月まで二ヶ月となった。お腹はますます大きく突き出し、歩くのですら難儀になってきた。
 自然、動き回る機会もますます減ることになる。食後の石榴茶を飲むのがここのところの芳華のお気に入りの時間になっていた。
 妊娠も後期に入ると、大きくなった子宮が胃の腑を圧迫して、食べ物も少量しか食べられない。初期に安定するまで悪阻が続くように、後期にも似たような症状が起こることがあった。最近の芳華もこれに悩まされているのだけれど、甘酸っぱい石榴茶は胸焼けを抑えて気持ちをさっぱりとさせてくれる効果がある。
 実家から届く石榴茶はわざわざ栄から取り寄せたものだという。凜鈴の淹れてくれた石榴茶を飲みながら、芳華は意外なことを聞いた。
「このようなお話を貴妃さまのお耳に入れて良いものかどうか判らないのですが」
 これまで〝お嬢さま〟と呼んでいた凜鈴は最近、〝貴妃さま〟と呼び方を変えた。やはり凜鈴なりに、芳華には皇帝の御子まで産むからには、もう覚悟を決めて後宮で生きていって欲しいと望んでいるようだ。もちろん、凜鈴は利口だから、差し出がましい口は一切きかない。ただ、彼女の立ち居振る舞いから、凜鈴の言いたいことはよく判った。
 凜鈴は微妙な言い回しで前置きしてから、言葉を選んで最近の後宮の様子を話してくれる。
「どうやら新しい御方が後宮にお入りになるとの専らの噂です」
「新しい方?」
 石榴茶を飲むと、食欲もわずかながらも湧く。その朝、粥さえろくに食べられなかった芳華は、凜鈴が運んできた焼き菓子(クツキー)を一つ摘んで口に入れた。これも栄渡りだという南国の果物を細かく刻んだものを小麦粉に練り込んで焼き上げた絶品だ。
 凜鈴は頷いた。
「つまり、新しい妃が入内するということね?」
 芳華の問いかけに、凜鈴は小首を傾げる。
「まだ噂の段階ですから、何とも申せませんが、宮女たちによれば、曺将軍の二の姫さまが後宮入りなされるとか」
「玉蘭さまね。でも、凜鈴、玉蘭さまには恋人がいたはずよ」
「その恋人の存在が将軍の知るところとなり、無理に別れさせられたとか聞いておりますが」
「そうなの、玉蘭さまもお気の毒ね」
 臈長けた美貌に似合わず、ざっくばらんな玉蘭を芳華は好きだ。あれだけの美貌なら、若い皇帝の心を奪うには十分だろう。自分など、どうせ法明はすぐに忘れるに決まっている。
 現に今だって、ろくにお渡りもない有様だ。芳華は自分の方から法明を避けている癖に、一向に訪れない彼をどこかで恨めしく思っていた。
 何か面白くもない話を朝っぱらから聞いてしまったようで、芳華は立ち上がった。
「少し外でも歩きましょうか。こう毎日、閉じこもってばかりでは、気が塞いでしまうわ」
 凜鈴は即座に頷いた。
「それはよろしうございます。少しは身体を動かされた方がお腹の御子さまにもよろしいかと思いますので、早速、参りましょう」
 芳華は凜鈴一人を伴い、庭に出た。気持ちの良い春の朝である。うららかな陽が地面に降り注ぎ、木々の緑濃い梢が地面に光の網を描いている。春のやわらかな風が頬を撫でて通り過ぎる度に、その光の網がちらちらと揺れた。
 今朝まで雨が降っていたので、まだ、あちこちに雨雫が残っている。少し歩くと牡丹園に辿り着いた。一面に白や紅の牡丹が植わっていて、さながら牡丹の花の海に囲まれているように見える。
 その中央に白い瀟洒な造りの小さな四阿(あずまや)が見えた。歩いてきて息が上がっていたので、芳華は迷わず東屋に足を運んだ。
 石造りの四阿は、奥に張り出た部分があり、椅子となって腰掛ける趣向だ。その場所から、真正面に庭が広く臨めた。いつ誰が訪れても良いように錦の分厚い座布団(クツシヨン)が幾つか用意されている。芳華はその一つに座った。
 風が牡丹の園に吹き渡ると、重たげな大輪の花たちがかすかに揺れる。そんな美しい春の眺めを愉しんでいると、気の利く凜鈴が傍らから控えめに言った。
「少しお身体を動かされたので、咽がお渇きになっているのではありませんか? 冷たくした石榴茶をここにお持ち致しましょう」
 部屋で呑んだ石榴茶は温かかった。芳華は微笑んだ。
「ありがとう、悪いわね」
 凜鈴が一礼して去ってゆく。また一陣の風が吹き抜けて、牡丹の葉上に乗った水晶のような雫が震えた。小さな雫が陽光を眩しく弾いて煌めく様は、本物の水晶のようだ。
「綺麗」
 もっと近くで眺めたいと思い、重い身体をよっこらしょと持ち上げた。ゆっくりと気を付けながら四阿から出て、牡丹の群れへと近づいていく。どうも、お腹が大きくなりすぎて、身体がすっかり重くなってしまった。
 自分で自分の身体が思うように動かせないのは不自由だとつくづく知った。溜息をついた時、前に身体が大きくつんのめった。足許がよく見えない状態なので、石に躓いたらしい。
「おい、危ないだろうが」
 咄嗟に誰かが背後から抱き止めてくれたから、転ばずには済んだ。妊娠初期に転ぶと流産、後期の今は早産になるから気を付けろと宮廷医からはくどいほど言い聞かされている。
 何でも、国の祭祀を司る大神殿の神官が数日前に今年の国運を占ったところ、今年一番の慶事として、〝皇太子殿下のご誕生〟と卦が出たという。その行事は国の一大儀式として毎年、この時期に大々的に執り行われるもので、神殿には皇帝自ら臨席するという格式のあるものだ。
 芳華は正直、あまり迷信深い方ではなく、その占いとやらも半分は信じていない。しかし、〝皇子誕生〟と耳にした宰相の父や他の重臣たちはそれはもう色めき立ち、父文昭は宮廷の専属医に
―何が何でも貴妃さまのご出産を無事に終えるように。
 と、厳命を下した。そのせいで、侍医が余計に口うるさくなり、芳華にとっては傍迷惑極まりない。
―男の子でも女の子でも良いから、元気に生まれてくるのよ。
 そのときも、語りかけて膨らんだ腹を触ると、中から赤児が呼応するかのようにポンポンと腹を蹴ってきた。
 誰かが抱き止めてくれたお陰で、大切な赤ちゃんを守れた。芳華は振り向かずとも、それが誰かはすぐに判った。大体、こんな喋り方をするのは一人くらいしかいない。
「ありがとうございます、陛下」
 芳華が跪こうとすると、法明がすかさず言った。
「礼は良い。そんなでかい腹でひざまずけるものか。また転んだら、どうする」
 芳華はつま先立つようにして法明を見上げた。と、久しぶりに見る法明は見る間に顔を紅くした。
「な、何だ。俺の顔に何かついているか?」
「いえ、言葉遣いがいつもと違うといいますか、元に戻ったような気がしましたもので」
 今日も法明は皇帝の盛装をしていて、どこから見ても威厳のある美々しい姿だ。それで砕けた言葉で話すものだから、どうにも違和感が先に立ちすぎる。