何故、あなたは助けてくれないの? 父宰相からの迎えが芳華を連れ去る! 小説 後宮艶夜*ロマンス | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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 そこで芳華も話を変えた。
「それよりも、私が教えてるところをずっと見てたでしょ」
「ああ」
 彼は事もなげに頷く。
「芳華は本当に子どもが好きなんだなって、つくづく感じながら見てた。何か、そういうときのお前の顔って生き生きとして眩しくて、見てられないくらい綺麗だ」 
「それって褒め過ぎ。そんなに褒められると、逆に恥ずかしくって、穴があったら入りたい。法明みたいに綺麗な男の人にそこまで褒められても、実感が湧かないもん」 
 法明が意外そうな顔をする。
「何言ってるんだ。お前は十分可愛いぞ、最近は俺に抱かれてますます色っぽく綺麗になってきた。やはり、女は男に抱かれるようになると、変わるな」
「ちょ、ちょっと法明、昼間からこんな場所で恥ずかしすぎることを言わないで」
 と、法明の美しい貌に意地悪な表情が浮かぶ。
「そのくらいで恥ずかしがるな。昨夜はあんなに大胆に乱れただろう」
 揶揄するような口調。
 芳華の白い頬に朱が散る。昨夜、二人は数日ぶりに身体を重ねた。以前は法明は夜毎、しかも一夜の中に何度も求めてきて芳華を啼かせたが、最近は流石に毎夜は手を伸ばしてこなくなった。
 それが昨夜はこれまでにないくらい二人共に烈しく燃えた。法明は大きくなった芳華のお腹を気遣いながらも、挑むように幾度ものしかかってきて、毎度ながら芳華は甘すぎる快楽地獄に最後は〝許して〟と泣き出すことになってしまう。
 お腹がせりだしてきたので、今までのように芳華が下になるのが難しくなり、最近は芳華が大胆に脚を開いて法明にまたがる。最初、その体勢を取るように命じられたときは恥ずかしさのあまり、芳華はまた泣いてしまったほどだった。昨夜も烈しく下から彼に突き上げられ、最後には意識を手放した。
 後で二人、お腹の子どもは大丈夫かと身重の身にはあまりに烈しすぎた営みを真剣に心配したのだけれど。愛する男に十分過ぎるほど愛されて、芳華は今朝、身体だけでなく心も満ち足りて目覚めたのだった。
 教室として使っている室の戸締まりをし、芳華は法明と並んで家に向かった。小さいけれど、今では大切な我が家だ。芳華はここで法明の子を産み、新しい家族と家庭を営んでゆく。そんなささやかだけれどこの上なく幸せな日々がこの先も続いてゆくとこの時、信じて疑っていなかった。
 二人が細い道から大通りへと出てきたその時、突如として行く手を塞いだ人影があった。いや、それは一人だけではなく、わらわらとどこからか湧いて出たように数人の黒い影が法明と芳華の前に立ち塞がる。
「貴様ら、何だ!」
 法明が鋭く誰何し、警戒するような視線を向ける。彼の瞳がうっすらと紫に染まった。
 行く手を塞いだのは屈強な数人の男たちで、芳華にはその揃いの鎧甲姿に見憶えがあった。父郁文昭の私兵だ。
「あなたたち、何のつもりでこんなことをするの?」
 ここは文昭の娘らしく毅然とした態度を取るべきと判断し、芳華は凜とした声を張り上げた。
 と、兵たちの中のひときわ大柄な男がスと芳華の前に進み出て膝を突いた。
「お嬢さま、私は宰相閣下にお仕えする私兵隊長の徐と申します。本日、旦那さまのご命令により、お嬢さまをお屋敷にお連れするようにと承って参りました。私どももお嬢さまに手荒なことはしたくありません。どうぞ、このまま速やかに我らとお屋敷にお戻り下さい」
 態度は主人の娘に対して慇懃だったけれど、有無を言わせぬ響きがある。それは他ならぬ文昭の命令が絶対であることを示していた。
 だが、ここで大人しく帰ることはできない。芳華は傍らの法明を縋るように見つめた。
「法明、私は帰りたくない。ずっと、あなたの側にいたいの。あなたの側であなたの子どもを産んで育てたい」
 しかし―。最初に私兵たちが現れたときは敵意を剥き出しにしていた法明は今、何故かその敵意を喪失してしまったようだった。或いは天下の宰相郁文昭の名を持ち出され、怖じ気づいてしまったのか。
「さあ、お嬢さま」
 徐隊長が立ち上がり、芳華に近づいた。
「いやっ、私は帰らない、法明と一緒にいるのよ、法明、法明、助けて」
 が、芳華は直に数人の兵士に囲まれた。徐隊長と若い別の兵士が芳華の両脇からそれぞれ腕を掴む。
「放して! 法明っ、法明ー」
 涙混じりの絶叫が響き渡る。行き交う人々が何事かと遠巻きにちらちらと様子を窺っているのが判った。けれど、法明は微動だにしない。
 何故なの、法明、どうして、私を助けてくれないの? 芳華は哀しい想いで法明を見つめた。それとも、彼は本当に怖くなってしまったのだろうか。天下の宰相を相手にして、ただの小間物売りが敵うわけがない。だから、早々に諦めて芳華を見限った?
 絶望で眼の前が白くなる。涙の幕で大好きな法明の綺麗な顔がぼやけて見えなくなる。
「法明ーっ」
 それでも芳華は手を伸ばした。彼がこの手を取ってくれることを、彼が自分を奪って共に逃げてくれることを最後まで望んでいた。
 けれど、法明は魂を抜き取られてしまったかのように茫然とその場に立ち尽くしているだけだ。
―許してくれ。芳華。
 連れ去られる間際、法明の唇が戦慄いたのを芳華は知らない。そして、それが、芳華が文法明を見た最後になった。