ずっと、あなたと一緒にいたい。遂に完結、小説 無垢な姫君は二度、花びらを散らす~虫めずる姫君 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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「なかなか可愛い女だな。怖がることはねえさ、俺たちがこれから可愛がってやるからな。どうせ、どこかの貴族のぼんぼんとするはずだったことを、俺たちが代わりに教えてやるだけのことさ。大人しくしてたら、極楽に行けるほど良い気持ちさせてやるぜ」
 公子は涙の滲んだ眼で、男を睨みつけた。
「これこれ、この眼。たまらねえな。そそられるぜ」
 鬼丸が舌なめずりするような眼で公子を見る。
 下卑た視線に晒され、公子は身が戦慄くのを感じた。
「兄貴、さっさとやっちまおう、俺はもう我慢できねえ」
 里丸が言い終えるのももどかしく、小袖と袴を脱ぎ捨て、下帯一つになった。
 公子は見たくないものを見せられ、思わず視線を逸らす。
 そのときだった。
 馬のいななきと共に、鋭い声が朝のしじまを破った。
「貴様ら、何をしている」
「―!」
 公子の眼に、こちらに向かって駆けてくる男の姿が映じた。
―公之さま!!
 公子の胸に限りない安堵がひろがってゆく。嬉し涙が溢れた。
 公之が助けてにきてくれたのだ。
 二人の野盗は突然の邪魔者の登場に、流石に仰天したようだ。
 鬼丸の方がチッと小さく舌打ちし、里丸に顎をしゃくる。
「とんだ邪魔が入りやがった」
 里丸が脱ぎ捨ててあった小袖の袂から匕首を取り出した。
「姫を放せ」
 公之が低い声で言うと、里丸がペッと唾を吐いた。
「ヘン、この女は俺たちが見つけたんだ。返せと言われて、はい、そうですかと、あっさり返せるか」
「その方は、お前たちのような者が容易く触れて良いお方ではない」
「けっ、どこの貴族のお姫さまかは知れねえが、俺たちにゃア、そんなことはどうでも良い。その身体で俺たちをしっかりと愉しませてくれりゃア。それで十分なんだよ」
 里丸が淫猥な笑みを刻むと、公之は腰にはいた太刀をおもむろに抜いた。
「貴様、まだ言うか。たとえ言葉だけでも、その方を愚弄することは許さぬ」
 普段は穏やかな人柄で知られる公之の全身から、ゆらゆらと殺気が蒼白い焔となって立ち上っている。
 この男たちは、公之が怒れば怒るほど、冷静になってゆくのを知らないのだ。だが、流石に鬼丸の方は弟と違って、公之の発散するただならぬ雰囲気を察したのだろう。
 里丸の背後から声をかけた。
「里丸、油断するな。この男、ただ者じゃあねえ」
 里丸もまた匕首を抜く。
 漸く差し込み始めた朝の光に、里丸の抜いた刃が鈍い光を放った。
「色男ぶったことを後悔するなよ」
 そのひと言を合図とするかのように、里丸が獣のような咆哮を上げて走ってゆく。
 だが、一瞬の後、何とも凄まじい断末魔の叫び声が辺り中に響き渡った。
 固唾を呑んでなりゆきを見守っていた公子は、頬を引きつらせた。
 それは、この世のものとも思えない凄惨な光景だった。里丸の首が地面に転がり、首と切り離された胴体が血飛沫をごぼごぼと溢れさせながら倒れてゆく。
 公之は里丸に斬りつける暇すら与えなかった。すれ違いさま、たったひと太刀で里丸を切り伏せたのだ。
「手前ェ、よくも弟を殺りやがったな」
 鬼丸が憤怒の形相で公之を睨めつけた。
「弟の弔い合戦の前に、お前の大切な女をあの世に送ってやる」
 鬼丸が傍らの公子の身体を乱暴に引っ張った。地面に転がされたままの公子を片腕に抱え、その白い喉に匕首の切っ先を当てる。
「女の生命が惜しければ、まず刀を捨てろ」
 鬼丸が不敵な笑みを見せる。
 公之は感情の読み取れぬ瞳で鬼丸を見、ついで公子を見た。公子は涙の滲んだ眼で首を振る。
―公之さま、私のことはもう良いのです。私のために、あなたさまがお生命を無駄になさる必要はございません。
 そう伝えたつもりだった。
 公之は静謐な瞳で公子を見つめた後、持っていた刀を無造作に放り投げた。
「そう、それで良い」
 鬼丸が満足げに頷く。
 その時、ひと刹那の間が生じた。
 その鬼丸が見せた、たった一瞬の隙を公之は見逃さなかった。
 公之がピィーと指笛を鳴らすと、いずこからともなく白馬が現れる。まるで神の使いを思わせるかのような純白の馬は、ひと声鳴くと、公之の方に向かって全速力で疾走してきた。
 公之の愛馬雪代(ゆきしろ)である。
 公之は、その白馬にひらりと跨ると、鬼丸めがけて雪代を走らせる。
 ヒと、盗賊が悲鳴を上げた。このままでは鬼丸は雪代の蹄(ひづめ)に真正面から当たるだろう。あれだけの逞しい馬に蹴られたら、流石の盗賊もひとたまりもあるまい。下手をすれば、飛ばされた拍子にどこかを打ち、打ち所が悪ければ死んでしまう。
 鬼丸は無様にも、恐怖のあまり腰が抜けたようだ。立とうにも立てず、這いながら逃れようとする。当然、公子からも手を放し、距離ができた。
 雪代に乗った公之は逃げようとする鬼丸なぞ眼にもくれず、鬼丸に向かって走ってくると見せかけ、走りざま、公子を抱き上げて馬に乗せた。
 鬼丸が悪態をつくのを後に、公之は雪代を全速力で駆けさせる。
「間に合って良かった」
 公之が公子の髪に頬を埋める。
 しばらく馬を走らせた後、公之が急に手綱を引いた。雪代が鋭いいななきを上げ、止まる。
 二人はいつしか左京の町に入っていた。
 朝の早い行商人がそろそろ都大路に姿を見せている。
 京の町は碁盤の目のように整然とひろがっているが、右京と左京の二つの町の中、右京は人家も少なく、昼間でも人通りが少なく寂れている。対する左京は町家だけではなく、貴族の屋敷も居並び、商売人たちの呼び声もかしましく、賑やかだ。人通りも多い。
「姫、もう二度と私の傍からいなくならないと約束してくれないか」
 公子の髪についた砂粒を手でそっと払ってやりながら、公之が言った。
「姫があの盗賊どもに捕らえられているのを見たときは、生きた心地がしなかった。姫を愛しているとは思っていたが、今回のことで、私は自分が姫をどれほど大切に思っているのか改めて思い知らされた気がする」
 公子の眼に新たな涙が溢れる。
「はい」
 ただ、それだけしか言えなかった。伝えたいこと、言いたいことは山ほどあるのに、気持ちばかりが先走りして上手く言葉にならない。
 何故、今まで自分の気持ちから眼を背けていたのだろう。公子はもっと早くから、公之の傍にずっといたいと思っていた。そう、公之への想いをはっきりと自覚したのは、三ヵ月前、公之と初めて唇を重ねた日のことだった。あの日、公子は思ったのではないか。
 この男のことを、もっと知りたい、公之が見せる色々な表情をもっと見て見たいと。
 ずっと一緒にいたいと感じる、その心こそがその人と生涯を共にしたいということなのだ。
 漸く、公子はその大切な事実に気付いたのである。
 この男の傍にいて、共に歳を取り、様々な物を一緒に見て、語り合いたい。
 春も夏も秋も冬も。
 降り積もる年月、一緒にいて同じ景色を眺めていたい。
 生まれたばかりの太陽が眩しい光が投げかけている。ふと前方を見れば、京の町家が軒を連ねる向こう側、はるかな地平から日輪が空を朝焼けの色に染めながら昇ってゆくところだった。こんなにも生命力に溢れた、力強さを感じさせる太陽を公子は初めて眼にしたような気がする。
 公子は自分たちのゆく手を照らす新しい光に眩しげに眼を細めながら、そっと公之の胸に頬を押し当てた。
 
 
―この男の傍にいて、共に歳を取り、様々な物を一緒に見て、語り合いたい。
 春も夏も秋も冬も。
 降り積もる年月、一緒にいて同じ景色を眺めていたい―。

 恋する少女の心は時を越え、女から女へと受け継がれてゆく。
 時はうつろい、時代は変わっても、人を愛する気持ちは同じで変わらない。
 今は昔、虫めずる姫君と呼ばれた一人の少女の恋物語。
  (了)