そんなに大きくない旅行かばんを、
よいしょ、って玄関まで運んでたら、
電話が鳴る。
テンテンテテンテテテンテン♪
「はーい。いま行くー」
それだけ言って電話を切り、
急いで部屋を出た。
「おはよ。おまたせ」
マンション入り口前に止まってる車、
助手席からするっと乗り込む。
ばたん!って勢いよく閉めたドア。
「おはよー。…あ。すっぴーん」
ハンドルにもたれながら
こっちを見た雅紀がニヤニヤしてる。
「はーい、すっぴんでーす。
だって3時間しか寝れなかったもん」
「オレもそんくらいかなー?
ひさびさにやっちゃったよねー」
ほんの数時間前に別れたばかりの雅紀は、
やっぱり眠そうな目をしてて。
わたしもそうなのかな、
って思ったところでふと気がつく。
「…あ!メガネ忘れた!すっぴんなのにー」
取りに戻ろうかなって思ったけど。
「じゃ、行きますか!」
雅紀の運転する車が、
ゆっくりと動き出した。
「元気元気。
あ、じゃあちょっとうち寄ってく?
「やった!オレもおばちゃん大好き!」
ぴっかぴかの、
一点の曇りもない雅紀の笑顔。
朝10時の環状線は少し混んでて、
土曜日だからかな、ってちょっと思う。
青く抜けたきれいな冬の空。
「朝食べた?オレ腹ペコ!翔ちゃんちなんもないんだもん」
「じゃあ朝マックでもする?
あ、だめだわたしすっぴんだった」
「ははっ!別にいいじゃん。
そんな変わんないよ?」
「コンビニ寄ろう。そのメガネ貸して」
「えーこのメガネ?でっかくない?」
言いながらも、雅紀の視線はもう
「よしっ、とうちゃーく。…ほい」
コンビニの駐車場、
雅紀がそれまでかけてたメガネを
「ちょ…自分でかけるってば!」
鼻がくっつきそうな距離に、
顔に近づく手に、ドギマギする。
「ぷっ。やっぱデカイって!
アラレちゃんどころじゃなくなってるよ?」
わたしの前髪に
当たり前みたいに触れる、
ぴかぴかな笑顔。
目じりのキレイなしわ。
「いいの!オシャレ女子は
恥ずかしくて、
かわいくないこといってドアを開ける。
「CMでさ、
旨塩チキンだっけ」
キーをじゃらじゃらさせた雅紀が
コンビニのガラスに映る
ちょっと笑えてくる。
ほんと、雅紀の言うとおりだ。
メガネ全然似合ってない。
おかしいな。
雅紀がかけると
おにぎりやらサンドイッチやら、
適当に買って車に戻る。
「ちょっとここで食っていい?もー限界」
びりびりって、
サンドイッチの袋をやぶって。
窓から差し込むまぶしい光に照らされた、
まぶしい雅紀。
ほっぺをぽっこりさせながら
もぐもぐ雅紀がぴってオーディオを操作して。
FMラジオからは
Stay with me、だったっけ。
「食べないの?」
もぐもぐ雅紀が袋を渡してくるけど。
「うん。まだ食欲ないや。
ミネラルウォーターのキャップを開けて、
ひと口飲む。
透明が、しみる。
「オレ出てくるとき翔ちゃんまだ寝てたよ。
声掛けたけど、起きなかった」
「かなり飲んでたもんねー」
昨日の夜を思い出して、ちょっと笑う。
翔くんの部屋で、久々に3人で飲んだ、昨日。
「雅紀は?二日酔い平気?」
「オレは今日運転だから
ちょっとドヤ顔でもぐもぐしてる、
かわいいな、もう。
カーステレオからは
Stay with me。
行かないで、ここにいて、って歌ってる。
「…やっぱショックだった?
それまでよりワントーン低い雅紀の声が、
わたしを気遣ってくれてるのかなって思うと、
胸が痛くなる。
「ショックっていうのとはちがうのかなー。
ちょっと寂しい?そんな感じ」
「わかる。俺もなんかちょーさみしいもん!」
俺たちもなんだかんだ
うん、そうだね、ほんとに長い付き合い。
「中2からだから…何年?
指折り数えてる。
「でもさ、翔ちゃんは…初恋だったんでしょ?」
「………」
「やっぱ特別に…思ってるんでしょ?」
ああ。
何でも話せる、
すっぴんも見せちゃえる雅紀に。
たったひとつ。
たったひとつ、言えないほんとのこと。
わたしの初恋。
わたしの初恋は、ほんとうは…
雅紀、なんだよ?
初恋からずっとずっと、
雅紀だけが好きなんだよ?
「特別は、翔くんだけじゃないよ。
「うっそだー!」
オレ何でも知ってるんだもんね、みたいな
妙なしたり顔でこっち見てくる。
「昨日だってさ、
ふたりで話してたじゃん」
…それは。
それは、翔くんに、
「おまえらいつまで
って、心配してくれたわけで。
「いけると思うよ?」
勇気づけてくれるように
翔くんはこっそり言ってくれたけど。
ほんと?
いけると思うって、
わたしどうしたらいいの?
ここまで友達期間が長いと、
今さらなにをどうしたらいいか…わかんない。
「はー食った食った!」
満足そうにちょっと伸びをした雅紀は
長い腕をうーん!って伸ばして。
「高速のったら2時間でいくかなー?
渋滞してないといいね」
翔くんの話はもう忘れちゃったみたいに、
車を出しながらつぶやく横顔。
ほら。
きっかけが掴めない。
雅紀が好きなんだよ、なんて。
どんなタイミングでいえばいいの?
車はゆっくりと走る。
雅紀の運転は、
雅紀とおんなじで優しくて、心地いい。
「…メガネ、返す」
赤信号で、メガネを外して差し出す。
「ん。かけて」
「え?」
「かけてってば。」
ふざけて顔をぐっと、
助手席に寄せてくる、雅紀。
ああっ!もう!
ほっぺに、ちゅっ、てキスをした。
「…え?」
びっくりした、顔。
「初恋は、翔くんじゃなくて、雅紀だよ」
「え?」
「初恋は!雅紀なの!」
プップー!
信号はとっくに青に変わっていて、
うしろのセダンから派手なクラクション。
あっ!!って慌てふためいた雅紀が
急いで車を発進させて。
「…あせったー」
真顔で、まんまるな瞳でつぶやく。
「ふふっ」
なんか、笑えてきた。
セダンのクラクションにも、
大胆な自分の行動にも。
「ちょ…きゅうになんだよ!!」
赤くなってる横顔が、かわいくて。
「ずっと好きだったんだよ、雅紀」
あれこれ考えてたのが嘘みたいに、
素直な気持ちだけがぽろっとこぼれたら。
「オレの方がずっとずっと
好きだったっつーーの!!」
とんでもない大音量で、
まさかの告白が、
(初出:2015.2.17)
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読んでいただき