【妄想小説】ルビー(18) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

(sideさくら)

 

 

心臓が強く打ち付けて痛い。

息が全然続かなくて苦しい。

 

「はっ、、はあっ、はあっ」

 

すごくすごく苦しいけど、

すごくすごく、集中してる。

 

「さくらがんばれっ、あとひと息っ」

 

「はあっ、はっはっ…!」

 

「あと50回!」

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

目の前のサンドバッグに

パンチがヒットするたびに

派手に飛び散るひたいの汗。

 

ここに通い出した頃から

トレーニングする時はいつも、

胸のつかえが爆発しそうで、

 

それをふり払うように

ただ強く、力いっぱい、

拳を当て続けてたけど。

 

今はシンプルに、まっすぐに。

腕が、足が、体が動く。

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

”Don't think feel ”

 

幾度となく大野さんが言う、

ブルース・リーの有名なセリフ。

 

”考えるな、感じろ”

 

パシンパシンパシン!

パシンパシンパシン!

 

言葉の意味、

今はじめて、わかったかも。

 

「48、49、50!

はいおっけー。お疲れー」

 

「ああーーーーっ…!」

 

ハアハアハアハア…

ハアハアハアハア…

 

肩で息をしてるわたしに

大野さんの嬉しそうな声。

 

「どしたさくら?

なんか強くなってんな」

 

「強くなってる?」

 

「うん」

 

「体力上がった?笑」

 

「や、体の強さもそうだけど、

そうじゃなくて」

 

「?」

 

「精神的に強くなってる」

 

「ちょっと前までの

辛そうだった感じが、

なんかなくなってる」

 

辛そうだった…

それはいつのことだろう。


 

アオゾラの解体が決まって、

落ち込んでたころ?

 

社長に何度話をしても

聞く耳を持ってもらえなくて

心細かったころ?

 

それとも…

 

翔くんへの気持ち、

あきらめなきゃって

焦ってたころのことかな。


 

どっちにしても今は

これまでが信じられないほど、

前を向くことができてる。

 

心の真ん中が

支えられてるおかげで…

前を向くことができてる。

 

”強くなってんな”

 

大野さんの言葉。

すごくすごく嬉しい。

 

「実はね、」

 

「ん?」

 

「アオゾラの建て替え計画、

来月の取締役会で再度、

検討されることになったの」

 

「え?マジで?」

 

「うん」

 

”感情で訴えるんじゃなくて

現実的な数字を出して

説得してみたらどうかな”

 

翔くんが提案してくれた再生案を

支配人に相談したら、

賛同してくれる取締役たちが

何人か出てきて。

 

ここ数日で

ずいぶん状況が進んでる。

 

「ホテルアオゾラは、

おじいちゃんの時代からの本館と、

昭和の終わりに父が立てた新館があって」

 

「父が作った新館が、

ずーっと、負の遺産だったの。

バブルがあったりした後で」


時代の波。

 

大きな荒波の中で、

負の遺産を引き受けて。

 

アオゾラの経営を

立て直してくれたのは

あの人だった。

 

「今の社長ももちろん、

アオゾラの歴史的価値は

よくわかってる人だから」

 

「これまでと別の角度から

数字で根拠を示したら、

初めて聞く耳をもってくれて」


 

最終的にどうなるかは

まだわからないけど。

 

アオゾラのことも、

あの人とのことも、

ちゃんと決着をつけたい。

 


たぶん時間は

長くかかってしまうと思うけど…


 

窓際の椅子にゆったりと腰かけて、

話を聞いてくれてた大野さん。

 

なんとなくふふって

ふたりで笑いあったら、

 

柔らかい表情、優しい目が

わたしをまっすぐ見つめて。

 


「翔ちゃんでしょ」

 

「え?」


「さくらが強くなったのは、

翔ちゃんのおかげだな?」

 

「……え…っと」

 

「お、図星だろー笑」

 

どうしてわかるの?

 

翔くんの話なんて

特にしたことないのに…

 

「わかるよ」

 

「オレ何年さくらの先生

やってると思ってんの。笑」

 

「…うん」

 

大野先生の笑顔に

胸がいっぱいになる。

 


翔くん。

 


わたしの大切なものを

守る道を作ってくれた人。

 

わたしに強さをくれた人。



”オレが無理矢理、

連れてきたんです”

 

”謝ることなんてなにもないよ”

 

”今…こうしてるだけで”


 

翔くんの声を思い出したら、

胸がぎゅっと苦しくなる。


 

体を、気持ちを

強く重ねあうたびに、

 

なにもかも一緒に

背負おうとしてくれる翔くんに…


 

わたしはなにを…返せてるだろう。

 


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


 

(side翔)


 

「今日の昼間、

さくらのレッスンだったよ」

 

隣りに座る大野さんから

ふいに彼女の名前が出てくる。

 

もうだいぶ飲んでるからか、

いつも以上にのんびりした声。

 

「アオゾラのこと聞いた。

取り壊さないで済む方法、

翔ちゃんがなんか、考えたんだって?」

 

「ああ…まあ、うん。笑」

 


取締役会の開催が決まったと

さくらさんから電話があった時。


会社の廊下でひとり思わず、

ガッツポーズしたんだよな…

 

誰も見てなくてマジで良かった。

あの時の自分を思い出したら

すげーおかしくて、ちょっと笑う。

 


”希望になるかもしんないよ?”

 


ニノの言葉通り、

先が見えない中でも

希望が生まれた今は。

 


彼女と会える時間が少なくても、

前ほど焦る気持ちはなくて。

 

状況は少しずつ好転してるから、

このままいけたらいいなと思う。


 

「なになに?なんの話?

ちょっと待ってよ、

今オレの用意するから」

 

いつものように

クローズの札をかけて

急ぎ足で戻ってきたニノが

自分の分のビールを注ぎだす。

 

「オレ次何にしよう」

 

「仕切り直しでまたビールに戻す?」

 

「そうだね。

ニノも一緒に乾杯しよ」

 

「オッケー。ふたりともビールね」

 

「よしっ。じゃあここからは、

3人でしっぽりと、」


 

カララン

 


乾杯しようとしてたところに、

扉のドアベルが鳴り響く音。

 

「ニノまだいいー?

ってうわひっさびさ!翔さんだ」

 

「松本くん!久しぶり」

 

「ニノちゃーん!

もうクローズしちゃった?」

 

松本くんの後ろにいる彼はたしか…

前に1度会ったことがあるな。

 

あれは1月、

オレの隣に座った彼女のことを

大事そうに見てた彼だ。

 

「え?なになに?

潤くんと、相葉さんも?」

 

「潤くんはともかく

相葉さんこの時間珍しい」

 

「会社の飲み会だったの。

最後にニノんとこ寄ろうって

松潤と話しててさ」

 

「オレも夏の間全然、

来れてなかったからね」

 

「とりあえずそこ!座って座って」

 

びっくりしてたニノが

ものすごく嬉しそうな顔で

カウンター席に2人を案内する。

 

「こんな揃うなんてすげー珍しい。

惑星直列みたい。時空歪んじゃう」

 

「ふはははは。

アベンジャーズか。笑」

 

カウンターに並んでるオレらを

とにかく嬉しそうに見てるニノが

それぞれを紹介してくれる。

 

「翔ちゃんはじめまして!

ニノの元同僚の相葉です。

松潤からよく聞いてました!」

 

「もう翔ちゃん呼び?早くない?笑」

 

「オレも翔ちゃんて呼ぶの

けっこう早かったよね?」

 

「大野さんすげー早かった。笑」

 

それぞれお互い、

年も近いせいか。

 

それぞれの雰囲気が

遠くないせいか。

 

5人で飲んでるのが

なんかめちゃめちゃ自然だな。

 

あっという間に

なじんでる空気感。

 

「潤くんマコさんは?

今日は別だったの?」

 

「いや一緒だったんだけど。

二次会は女子だけで行くって」

 

「オレの彼女んちで飲むんだって、

あっという間に行っちゃった。笑」

 

「ああそっか。

相葉さんの彼女とマコさん

もともと仲いいもんね」

 

「相葉ちゃん、

細いのにがっちりしてんね。

なんか運動やってんの?」

 

「うん、マラソンしてる。

ジムにも定期的に通ってるよ」

 

「ニノー。おれなんか、

つまみもらおうかな」

 

「いいよ。なんにする?

あ、そうだいいのがあった」

 

「なに?」

 

「サラミ?ハム?なんだろ?

西畑が仕入れたやつなんだけど」

 

「これあれじゃない?

スペインの…あ、名前出てこねえ」

 

「オリーブオイルかけると

すげーうまいんだって」

 

「なんだっけ名前…ハ…ハモ」

 

「え?鱧?松潤釣りすんの?」

 

「違うそのハモじゃない。笑

…ハム、ハ、ハモン、」

 

「ハモンセラーノ」

 

「そうだそれ!翔さんそれ。笑」



他愛ない話をしながら

5人で笑いあってると、

もうずっと昔からの

友だちみたいな気がしてくる。


 

こんなリラックスした気分、

すげーひさびさだな…

 

広い店内の、いつもの席。

ひとりで座ってる時より

ずっとにぎやかなカウンター。


 

ss_0610 男子会なうです

 

4人が飲んでる風景と

手元のビール写真、

続けて送ったらすぐに届く返事。

 

sakura2020

ニノくんのお店?楽しそう

 

こうやって何気ないことを

すぐやりとりできる今が嬉しい。

 

ss_0610 男5人で騒いでます

ss_0610 もうかなり飲んでる笑


 

こうやって、日々を。

大切な、彼女との日々を。

 


今はまだ密やかにしか

逢うことはできないけど。

 

彼女の事情が許すまで…

できればこうやって、

日々を過ごしていければと思う。

 


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 


プルルルル


 

見慣れない内線番号から

社内電話で呼び出しがあって、

役員室まで急ぎ足で向かう。

 

かなり遅くまで飲んでたせいで、

若干顔がむくんでっかな。

 

大笑いしたくだらないネタ、

昨日の夜を思い出して、

思わず緩む頬を抑えつつ、

重厚な扉をノックする。


 

「失礼します」

 

「おー櫻井。久しぶりだな」

 

「常務。お久しぶりです」


 

最終面接の面接官だった、

恩人である常務を前にして、

自ずと気持ちが引き締まる。


 

「時間もないから、単刀直入に」

 

「はい」

 

「櫻井。お前来月から

ニューヨーク支社だ」


 

(初出:2019.10.8)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



【小ネタメモ】

 

アップした翌日の朝に誤って消してしまって、

覚えてる範囲で復旧した回でした。

当時使ってたiPhoneがもうギリギリでね…

それで最後のおまけのお話も

消してしまったんよねー(^^;)


翔くんの恩人の上司は三浦友和さんで

当てて書いてました、常務っぽいかなと(^^)


あとちょうどこの頃、

アベンジャーズシリーズを毎日見てて、

ひと月20本見るほどの大ブームだったので、


「こんな揃うなんてすげー珍しい。

惑星直列みたい。時空歪んじゃう」


「ふはははは。

アベンジャーズか。笑」


と、セリフに入れこんで、

ひとり遊んでました。笑



使った窓の写真は

旭川の雪の美術館です。

若干バブリーな雰囲気あるな、と思い

アオゾラ新館のイメージで使ってみました。


雪の美術館はコロナの影響で

今年の6月で閉館となったので

思い出の写真になってしまったな。


下の写真は

いつかの飲み会の風景…

ハモンセラーノっぽいの、

見つけてテンション上がりました(^^)

 

今日も読んでいただき、

ほんとにどうもありがとう!


次回は19話、またどうぞ、

よろしくお願いします。