【妄想小説】そして春の風(9) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

今、この瞬間、

愛し、愛されるなら。

 

セフレだろうが

都合のいい女だろうが、

そんなのもうどうでもいい。

 

だっていつも、

行為のあいだじゅう、

強烈に、猛烈に、愛されてる。

 

信じられないくらい、

甘く、熱く。

 

泣きたくなるくらい、

甘く、熱く。

 

今この瞬間…愛し、愛されるなら。

もう、それだけでいい。

 

結局なんにも解決してないけど、

そう思ってしまったら、

頭の中は妙にクリアになって。

 

「智、」

 

「ん」

 

手を伸ばしたら、

ぎゅっと受け止めてくれる、

節ばったきれいな、長い指。

 

絡み合う指と指、

重なり合う肌と肌。

 

彼のすべてに、溶かされる。

この瞬間を、感じられるなら。

 

「…………」

 

言葉なんて。

 

言葉なんてもう、

なにもいらないよ。

 

オトコらしい背中に、

ぐっとしがみついたまま、

どんどん上がってく息。

 

熱くて切なくて苦しくて、

潤む瞳にちゅっと落ちてくる、

優しいくちびる。

 

嬉しいのに少しだけ哀しくて、

胸がぎゅううっと…切なくて。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

 

「今日はなんの原稿

書いてはるんですか?」

 

お目目キラキラさせた西畑くんが、

タブレットの手元をのぞき込む。

 

「町の定食屋さん特集なんだけど、

正直”食”は苦手な分野だから」

 

コーヒーをひと口飲んで、

ふうとため息。

 

「安い、おいしい、アットホームしか

もう言葉が出てこない」

 

「ふはっ。笑」

 

カウンターの向こう側。

乾いた笑いで反応する二宮くん。

 

手元はゲームで忙しいくせに、

しっかり話は聞いてるんだよな…

 

「また違う原稿書いてんの?

仕事増えてんねえ。売れっこ?」

 

「違う違う。

1本の単価が下がってるの。

数書かないと稼ぎなくなるから、

必然的に増えちゃってるだけ。

死活問題だよ」

 

「なるほどねー。どこも不況ですなあ」

 

♪テンテンテテテテテテテテン

♪テンテンテテテテテテテテン

♪テンテンテテテテテテテテン

 

テーブルに投げ出してた

iPhoneの着信画面。

 

表示されてる名前を見た途端、

びくっと固まって、指が躊躇する。

 

「出ないんですか?」

 

「………」

 

♪テンテンテテ

 

「あ、切れた」

 

「今の着信、元カレだろ」

 

「元カレ?」

 

察しの良すぎる二宮くんが、

続けて説明してくれる。

 

「こいつがもともと勤めてた

音楽雑誌の編集部のヤツで。

店にも来たことあるから、

名前見てすぐわかったわ」

 

「二股かけてた挙句別の人と結婚したのに

俺たちは変わらずに関係を続けようとか、

理解不能なこと言ってくるようなヤツよ」

 

「うわっマジっすか」

 

いつもキラキラな西畑くんが

すごい表情でドン引きしてるから、

思わずちょっと笑っちゃう。

 

「出世して今は編集長だよ」

 

「えっ、あいつ、

『C&S』の編集長になったの?」

 

「C&S!僕毎月読んでますよ!?」

 

聞き馴染んだ雑誌名を、

ふたりが口にするから。

 

特別なその雑誌に

記憶が引っ張られる。

 

読者だった頃から大好きな、

大切な雑誌。

 

青春と情熱。

人生の半分以上を捧げたと言っても

大げさではないほどの、濃密な時間。

 

徹夜は当たり前、無理なスケジュール、

過酷な労働環境だったけど、

憧れの雑誌を作れることは、

嬉しくて誇らしかった。

 

わたしが入社したころはまだ

音楽業界全体が潤ってて、

ミリオンヒットもたくさん生まれて、

雑誌も良く売れてて…

 

良い時代だったな、あの頃は。

 

思えば遠くへ来たもんだ~

振り向くたびにふるさとは~♪

 

この曲って誰だっけ。

武田鉄矢?海援隊…?

 

♪テンテンテテテテテテテテン

♪テンテンテテテテテテテテン

 

「うわっ、またかけてきたっ」

 

「着信拒否すりゃいいじゃん」

 

「………」

 

♪テンテンテテテテテテテテン

♪テンテンテテテテテテテテン

 

ピッ

 

「もしもし」

 

「出るんかい…」

「出るんすか…」

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

「うん。うん、わかった。

明日の夜そっち行くね。じゃあ」

 

ピッ

 

「………」

「………」

 

「そんな目で見ないでよ。笑

電話の内容、聞こえてたでしょ?」

 

「まあ……そうすけど」

 

わたしのことを気遣いながらも、

腑に落ちない顔してる西畑くんは

誠実ないいこだな。

 

「仕事は仕事。

振ってくれるのはありがたいし。

得意分野の依頼は貴重なんだよ」

 

「いやそれはわかるけどさ」

 

いつになく、

真面目なトーンの二宮くん。

 

「いわくつきの元カレと、

今だにそーやって接点あるのって、

彼氏はいい気しないんじゃないの?」

 

「彼氏?」

 

「彼氏。あなたの、今の彼氏」

 

「今の彼氏って?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「だって、」

 

「いないよ?彼氏」

 

「…………」

 

頭の中でくるくると、

なにか思い巡らせてる表情。

 

訝しげだったその顔が、

妙に楽しそうな表情になる。

 

「二宮くん?なに?」

 

「いやいやなんでもない。

ごめんごめん、勘違い♪」

 

「勘違いって…」

 

「おもしれーから

このままにしとこうかな~」

 

カウンターの向こうの二宮くんが

小さな声で何かつぶやいたけど、

良く聞こえなかったし、

 

久しぶりに聞いた元カレの声に

動揺がないわけでもなくて、

 

「…とりあえず仕事仕事」

 

気持ちを切り替えるように、

もう冷めてしまったコーヒーを

ぐっと一気に、飲み干す。

 

 

第9話

思えば遠くへ来たもんだ

 

 

(初出:2020.3.6)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

読んでいただき

ありがとうございます!

 

「思えば遠くへ来たもんだ」は

海援隊名義の曲です。

image

なんだかすごい情熱的なジャケ

 

明日10話いけるかな~

いけたらいいな~!

 

あと3月のうちに

普通のおたよりも書きたい、

できればそれも明日…

(なんでも明日かい)

 

あがってたらまた、

読んでやってね。

 

忙しい年度末、

今日もおつかれさまでした(^^)/