【妄想小説】そして春の風(6) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

第6話

白日・ふたたび

 

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「お待たせしました、

ホットコーヒーでーす」

 

「ありがとう」

 

こぼれないようにそろりそろりの動きで

ゆっくりとカップを運んでくる

西畑くんの動きがかわいい。

 

「今日のコーヒーは

バレンタインスペシャルですよ♪」

 

「バレンタインスペシャル?」

 

「チョコ。乗っかってんでしょ」

 

「あ、ほんとだ」

 

ソーサーの上にちょこんと、

小さなチョコがふたつ。

 

「黄色のまるい方が二宮さんからで、

赤のハートが西畑からです」

 

「西畑くんからももらっていいの?」

 

「もちろんです!

いつもお世話になってるんで♪」

 

「嬉しい。ありがとう!」

 

「来月3倍返しでよろしくなーー」

 

カウンターの向こうから飛んでくる

圧の強い棒読みは聞こえないフリ。

 

「バレンタインか…もうそんな季節なんだ」

 

まっさらに生まれ変わって〜♪なんて、

ベッドの中で口ずさんでた元旦の朝が

ついこないだみたく感じるのに。

 

結局わたしはわたしのまま。

なにも変われないままもう2月。

 

「最近どうなの?

”SHO”のイラストの評判は」

 

「すごいよ。大好評だよ。

新しい号出すたびに

編集部に何件も問い合わせくるって」

 

「やっぱすげーんだなあの人」

 

「知り合いの編集者からも

金額的にかなりいい依頼も来るんだけど、

大野さん全部断ってて。

他は引き受ける気ないからって」

 

「えー!マジっすか」
 

「もったいねー。

でもまあ、大野さんらしいな。笑」

 

大野さんの描く唯一無二のイラストは、

予想通りすぐに評判になって。

 

出版社からの意向もあって秋からそのまま、

ずっと一緒に仕事してるけど。

 

だいたいいつも、

〆切ギリギリまでお互いこだわって、

睡眠時間を削れるだけ削って、

ヘロヘロになりながら黙々と作業して。

 

ようやく原稿が完成したら

脳内は毎回、ビリビリ興奮状態で。

 

そして毎回…

無事に入稿が終われば必ず、

 

ワンナイトラブからの

トゥモーニングラブ、

 

まあもう今となってはもう、

ワンもトゥもないんだけど。

 

つきあおうとか、好きだよ、とか。

言われたわけじゃないのに。

 

距離が近づいたらもう、

あっという間に溶かされて、

あっという間に甘く溺れて、

 

ワンもなくトゥもなく、

ナイトもモーニングもなく、

甘い行為に夢中になってしまうわけで…


まっすぐ見つめられれば

ドキドキ止まらないし。

 

あの手に触れられれば

何も考えられなくなるし。

 

毎回あんな優しく抱くなんて

ほんと罪なんですけど。

 

セクシーな顔して

急に追い詰めてくるの

ほんと罪なんですけど!?

 

帰る時は玄関で必ず

優しくキスしてくれるとか

ふざけた感じで”ハニー♡”って

にこにこかわいい笑顔とか…

 

そういう小さなことにだって、

わたしはいつもドキドキして。

 

いつもいつも…

心のどこかで、期待してしまう。

 

つきあおうとか、好きだよ、とか。

 

言ってくれることを、

期待してしまうのに。


わかってる。


曖昧な関係がイヤなら、

自分から聞けばいいこと。

確かめればいいだけの話。

 

それは十分わかっているけど。

 

怖い。

勇気がない。

 

わたしのアタマの中はいつも、

こんな風にごちゃごちゃと

言葉が溢れてるのに。

 

いざという時には全然、

言葉にできない。

 

結局わたしは

天国だろうが地獄だろうが、

この手で選ぶ勇気がないんだ。

 

「…………」

 

元カレの時もそうだった。

 

つきあってた間、

”おかしいな”って感じること

ないわけじゃなかったのに。

 

もしかして…って”別の誰か”の存在を、

予感することだってあったのに。

 

ちゃんと向き合って、

疑問を投げかけることが出来なくて。

 

結局わたしは最後まで、

ただの都合のいい女だったんだろうな…

 

情けない。ほんとに。

 

後悔ばかりの人生だ

取り返しのつかない過ちの

一つや二つくらい誰にでもあるよな、

 

「そんなもんだろう~

うんざりするよ~♪」

 

「またなんか歌ってはりますね。笑」

 

「完全に自分の世界に入ってるわ。

こうなったらこいつ全然話聞いてねーから」

 

大野さんにちゃんと、

”好き”って伝えたいのに。

 

気持ちを伝える前に、

カラダを繋げてしまったこと、

後悔はしてないけど、

 

この状況からあらためて、

自分の想いを伝えることは…

すごく難しく感じてる。

 

仕事の上ではもう今は絶対的に

重要なパートナーでもあるわけだから、

気まずくなるのだけは避けたいし…

 

”さみーから。もっとこっち”

 

冷えた肩を包み込んでくれる

あたたかなぬくもり。優しい声。

 

しなやかに細い体。

甘いまなざし、追いつめる時の仕草。

 

ひとつひとつを思いだしたら、

胸がキュンと切なくなる。

 

こんなに好きでたまらないのに。

 

結局わたしは今日も、

堂々巡りの海の中。

 

ごちゃごちゃ浮かぶ言葉の波、

堂々巡りの海の中で、

ひとり勝手に、溺れる寸前。

 

 

第6話

白日・ふたたび

 

 

(初出:2020.2.14)

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読んでいただき

ありがとうございます!


時間軸が戻ってきたところなので、

状況整理の回でした。


歌ってた曲は第1話と同じ、

King Gnuの「白日」

最終話にも出てきます。
タイトル含めて
この曲ありきで考えてたお話です(^^)

2年前に書いたお話だけど、
空の雰囲気とか春直前の温度の感じ、
今と同じ季節だからいろいろ思い出すね。
当時はたくさん励ましていただき、
感謝感謝ですほんとに…

「そして春の風」は残り4話かな、
次回も楽しんでもらえますように(^^)