【妄想小説】そして春の風(4) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

第4話

もう恋なんてしない

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ほんっとにありがとう!!」

 

無事に入稿メールの送信を終えて、

大野さんにぺこりと頭を下げる。

 

「引き受けてくれてほんとに助かった。

しかもすごく素敵なイラストで…」

 

感動と興奮で、胸がいっぱい。

 

「こっちこそ。すげー楽しかった。

実物見んの楽しみ」

 

ふふふ、って笑う、

柔らかい笑顔。

 

イラストが全部上がったあとも

最後まで見たいからって、

入稿作業を見届けてくれた大野さん。

 

「待たせてごめんね。

レイアウトと文章のハマり、

納得いくまで時間かかっちゃって」

 

「いやオレは別にいんだけどさ。

出版社の人がかわいそうだったよ、

何回も電話かけてきてさ。笑」

 

「うん…笑」

 

恥ずかしくて思わず苦笑い。

 

イラストがあまりにも素敵だったから、

今までと同じじゃ全然納得いかなくなって。

 

時間がないのに、

次から次へとアイデアが溢れてきて、

結局〆切ちょっと過ぎちゃったけど。

 

あんなに妥協したくないと思ったのは

ほんとに久しぶりだったな…

 

「あー…なんか、

終わったらホッとしたなあー」

 

うーーん!と大きく伸びをして

ソファに寝そべる大野さんは、

しなやかにきれいなネコみたい。

 

「そうだ」

 

冷蔵庫で冷えてた缶ビール。

取り出して1本を手渡す。

 

「乾杯?しよしよ」

 

「カンパーイ!お疲れさまでした!」

 

「おつかれ~~~」

 

缶と缶をコツンとあわせて。

 

ゴクゴクゴク

 

「…っあーーー。うまっ」

 

「んーーーー」

 

はじける炭酸が喉に染みる。

アルコールで胃がきゅうと痺れてくる。

 

「あーー。最高」

 

「うん。最高。笑」

 

感動と興奮、

ものすごい高揚感と充実感で、

ごくごくビールが進んでしまう。

 

すっかり夜も更けて、

窓の外はもう真っ暗だけど。

なんだか離れがたくて、

お酒の勢いも手伝って。

 

インタビューするみたいに、

大野さんへの質問が止まらない。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

「イラスト、ほんとに今まで、

どこにも出してなかったの?」

 

「うん。イラストレーターになりたいって

思ってた時もあったんだけど。

ツテとか全然なかったし、

タイミングもなかったってゆーか」

 

「そもそもオレ、

けっこうふらふらしてたからさ。笑」

 

「ふらふら?」

 

「20代の頃はあちこち旅してて、

ほとんど日本にいなかったし」

 

「へー…」

 

なんだろう。

なんか妙に納得。

 

大野さんはなににも縛られずに

のびのび生きてるのが似合うな、

なんかそういうイメージだなあ…って

ぼんやり思う。

 

「ロス行ってた時に

ジークンドーの道場やってる師匠と、

たまたま知り合いになって。

ほんで修行してたらなんか、

楽しくなっちゃって」

 

「そのまま流れで師範になって、

今の教室やることになったから。

イラストの道は全然」

 

なんとなく~みたいな感じで

なんでもない風に言うけど。

 

誰でも師範になれるわけじゃないよね?

 

狭いソファ、

すぐとなりにあるきれいな横顔。

まばたきはふんわりかわいくて、

武術をやってる姿は全然想像できない。

 

ああでも…

Tシャツから伸びてる腕、

筋肉のラインとか。

 

さっき伸びをした時にチラッと見えた、

背中とか腹筋とか。

 

そういうのはやっぱり、

ジークンドーやってるからなのかなって

アルコールが廻ってきたアタマで

ぼんやり考える。

 

「あ、そうだ。

もうひとつ聞きたいことがあったの」

 

「ん?」

 

「イラストレーターとしての名前。

なんで”SHO”にしたの?」

 

入稿前の、最後の最後。

名前を入れる段階で、

大野さんは、少し考えて。

 

「エスエイチオーでSHO。

SHOって名前にする」

 

そう言われたから

そのままクレジットしたけど。

 

「オレの名前、翔ちゃんがこないだ、

勝手に使ってごめんって言ってたの、

思い出したから。お返しで使ってみた♪」

 

ふふふって、かわいい笑顔。

 

「しょーちゃん?」

 

誰だろう。

友だちなのかな。

 

「翔ちゃんの描く絵もねー、

すげーいいから見せたい。

トトロとか、かわいんだよ。笑」

 

くっくっくっくっ

 

目じりにシワを寄せて

ほんとに楽しそうに笑ってる顔に

思わず胸がキュンとなる。

 

しょーちゃんが誰なのか

結局よくわかんないままだけど…

 

それはもう、いっか。

 

わたしたちの間に流れてる、

ふわふわとした空気、

やわらかい時間。

 

乾杯したときはまだ、

打ち上げ的な雰囲気だったけど。

 

狭いソファの上、

カラダが触れ合う距離で笑いあってると

空気がちょっと、変わってきた気がして。

 

ドキドキするような

そわそわするような…

 

落ち着きたくてとりあえず、

小さく息を整えてみる。

 

「オレも聞きたいことあった。

聞いていい?」

 

「なに?」

 

「原稿書いてる時さ、

ひとりでも歌うたってんの?」

 

「え!!…わたし歌ってた??」

 

「うん。すげー歌ってた。

~~~♪ってずーーっと、

こんな感じだった。笑」

 

あーーもう恥ずかしい…!!

 

「昔からのクセで…」

 

考え事をしている時なんかに、

ふいにアタマの中に歌が流れてしまうこと。

集中してるとうっかりそのまま、

つい口から出てしまうこと。

 

大野さんに聞かれてたなんて、

ただただものすごく、恥ずかしい…


「ずっと音楽雑誌で記事書いてたから」

 

「音楽のことを書く時は

曲をアタマの中に流しながら

文章を考えてたから、

そのクセが今も抜けないっていうか」

 

「へーそっか。そうなんだ。

おっ、顔赤くなってんぞー?笑」

 

「あーもう恥ずかし、」

 

すっと手が、伸びてきて。

 

きれいな、長い指が、

頬をするっと撫でる。

 

「………、」

 

ドキドキドキドキ

ドキドキドキドキ

 

ど、どうしよう。

 

大野さんの長い指は。

頬を撫でるのを、やめない。

 

オトコっぽい指の感触。

さらに鼓動が早くなってくる。

 

「…………」

「…………」

 

こ、こ、これは、

この甘い雰囲気は…

 

部屋にふたりっきりで、

密度の高い、空気になって。

 

この先の展開がわからないほど

鈍感じゃない。

 

知り合ったばかり…

そりゃあまあ今は、

少しは知ってる仲だけど。

 

知ってるっていっても、

そんな知ってるってほど

知ってるわけでは全然ないけど、

 

「…………」

「…………」

 

ドキドキしすぎて、苦しい。

 

「ねえ、」

 

「?」

 

「彼氏いる?」

 

「え?」

 

「彼氏。いんのかなって」

 

「……いない」

 

一瞬浮かんできた顔を

アタマの奥に押し込める。

 

彼氏。

彼氏なんて。

 

「いないよ」

 

彼氏はいない。

ついこないだ、いなくなった。

 

そうだよ、今のわたしには。

 

恋人なんていないんだから、

このまま、どうなったって。

 

どうなったところで、

互いの合意があるならば、

たとえワンナイトラブだって…

 

距離が近づいて。

 

柔らかいくちびるが、

ちゅっと一瞬触れる。

 

さっきまで穏やかに笑ってた顔は

まっすぐ真剣な…セクシーな表情。

 

頬を撫でてた手は

髪のあいだをすっと通って、

あっという間に首の後ろに回る。

 

そのままぐっと迷いなく、

頭を引き寄せられて―

 

「ん、」

 

ドキドキドキドキ

ドキドキドキドキ

 

熱い熱いキスに

心も体もとろけそう。

 

急な展開に、体は少し強張って、

かなり必死なのに。

 

アタマの中にはいつものように、

勝手にメロディが流れてきてしまう。

 

~♪

 

懐かしい歌声。

メロウなメロディ。

 

もう恋なんてしないなんて♪

いわないよ絶対~♪

 

アルコールが巡って、

ふわふわふわふわして。

 

くちびるから熱が廻って、

ドキドキドキドキして。

 

恋…恋。

 

これは、恋なの?

 

知り合ったばかりで

こんな風になるなんて初めてで。

 

なのに全然イヤじゃなくて。

このままもっと…なんて。

 

ぽすっ

 

そっとソファに、倒される。

 

「ふっ…すげーかわいいな」

 

わたしを見おろしてる、大野さんは。

 

ふわん、ときれいな、

やわらかい笑顔。

 

 

第4話

もう恋なんてしない

 

 

(初出:2020.1.31)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

第4話はマッキーでした♪

image

8センチ時代の懐かしいジャケ

 

”オレの名前翔ちゃんが使った”

のエピソードは、「ルビー」14話

咄嗟に言ってしまったアレです。

 

翔くんならきっと後から

大野さんに謝るだろうなって思って

入れたかったやつでした。

 

小ネタの小ネタなんだけど

ソファに並んで座った状態で

何気ないことを話しながらも

だんだん甘い雰囲気になってくの、

わたし大好物すぎるのよね…笑

だんだん空気が親密になってく、

そういうのがとっても好きです(*^^*)

 

次回もすきま時間に、

読んでいただけたら。

 

今日もお付き合い

どうもありがとうでした(^^)/