【妄想小説】そして春の風(3) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

第3話
新宝島
 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
「この人大野さん。絵かけるよ」
 
二宮くんに紹介されたとき
いちばん最初に思ったのは
「あ、男の人なんだ」ってこと。
 
レイちゃんをはじめ、
今まで一緒に仕事をしてきた
イラストレーターの人は
みんな女性だったし、
 
二宮くんの知り合いなら
きっと女の人だろうって
なぜか勝手に思い込んでた。
 
っていうか二宮くん、
ふらっと出てってものの数分で
この人連れて戻ってきたけど、
どこにいたんだろう?
 
「…………」
「…………」
 
なんか…独特な雰囲気の人。
 
男の人、だけど。
すごくキレイな人だな。
 
どんな絵を描くんだろう。
引き受けてもらえるのかな…
 
ドキドキドキドキ
 
「大野さんこいつね、
うちの昔っからの常連で、
しょっちゅうここで仕事してんだけど。
…肩書きで言うと今は何なの?
フリーライターでいいの?」
 
「ああ、うん」
 
確定申告で職業欄を書くときは
文筆家になるんだけどね、
なんてどうでもいいことを
心の中で呟きつつ、うなずく。
 
「イラスト描ける人探してんだって。
〆切がギリギリで焦ってんの。
“どうしようー”って泣いててさあ」
 
泣いてないし!
 
とりあえずツッコミはせずに、
急いで名刺ケースを取り出す。
 
「はじめましてわたくし…、」
 
名刺を渡して自己紹介しながら、
先月号で説明をする。
 
「この冊子を作ってるんですけど。
本屋さんとか雑貨店とかカフェとかに
置いてるフリーペーパーで」
 
「あ」
 
お店に入って来た時から
ずーっと訝しげだった表情が、
ふんわり柔らかく笑う。
 
「これ知ってる。
オレ好きで、ニノんとこきたら読んでる。
レジの横に置いてあるやつだよね?」
 
「そうそうそう。知ってる?」
 
「いっつも読んでるよ。
え、これ作ってんだ。へー。すげー」
 
パラパラパラ
 
ページをめくる手が
ごつごつオトコっぽくて、
細くて長い指がすごくキレイで。
 
「これ面白いよね」
 
にこっと笑う表情が
あまりにも柔らかくて。
 
”オレ好きで”
”いっつも読んでる”
”すげー”
 
その言葉が、すごくすごく嬉しくて。
 
「毎回こういう感じで、
内容に沿ったイラストを
数か所に入れてるんですけど」
 
「出版社からの委託で作ってるので、
〆切があって…もう期限が迫ってて。
急ぎ描いてくれる人を探してまして」
 
なんだか顔が見られなくて、
ページをめくる長い指ばかり、
見つめながら、話していた。
 
ドキドキドキドキ
 
ほんとにきれいな手だなって
この指先からどんな絵が
生まれてくるんだろうって…
 
ドキドキドキドキ、していた。
 
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
 

「3ページ目できたよ、はい」

 
「ありがとう」
 
描きあがった絵を見てまた、
息を吞む。
 
繊細に描き込まれた線と
大胆な色づかいに釘付けになる。
 
すごい。
すごい。
 
ほんとにすごい。
すごすぎる。
 
これってもう、
単なるイラストというよりは。
 
どっちかっていうと
アート作品に近い感じがする。
 
”オレはプロじゃないから”
”趣味で描いてるだけだから”
 
二宮くんのお店で最初に話した時に
何度も何度もそう言うから、
正直全然、期待してなかったのに。
 
描きあがった絵はどれも、
見れば見るほど。
 
ものすごいクオリティで、
ただただ圧倒されて、
ただただじっと、見つめてしまう。
 
「……ほんとにすごい」
 
「ちょ、ねえ大丈夫?
ぼーっとしてないで、
そっちも早く作業しなよ。笑」
 
「ああ…うん。ごめん。笑」
 
本格的な作業に入って、
今日で3日目。
 
おとといからもう何時間も
顔をつきあわせてるから、
あっという間に敬語はなくなって。
 
小さな我が家の狭いリビング、
2人きりで過ごしてることにも
不自然さは全然なくて。
 
お互い作業に没頭して、
どんどんページが出来上がってく。
 
大野さんが描く絵のおかげで、
どんどん雰囲気が変わってくから、
載せる文章やレイアウトも、
ちょっとずつ変化する。
 
パッと見ただけで
ふわっと風が通り抜ける。
 
パッと開いただけで、
一瞬で目が奪われる。
 
新しいページ。
 
その出来上がり具合に
ものすごくワクワクしてきて。
 
「……すごい」
 
すごい。
すごい。
ほんとにすごい。
 
ドキドキ胸の高鳴り。
 
停滞してたここのところの感じを
全部全部吹き飛ばすような、
ドキドキ、ワクワク。
 
どうしよう。
どうしよう。
 
すごい仕上がりになっちゃうかも…
 
最高の誌面が、
出来上がっちゃうかも!!
 
「おいコラ。笑」
 
ひゅっときれいな腕が、
目の前から伸びてきて。
 
大きな手が、
わたしの髪にくしゃっと触れる。
 
「だから早くやれ。笑
手を動かしなさい。明日〆切でしょ?
終わんないよマジで」
 
「うん。ごめん。笑」
 
ドキドキ胸の高鳴り。
 
ここまでの痛みを、苦みを、停滞を、
全部全部吹き飛ばしてしまうような、
ドキドキ、ワクワク。
 
ピンチはチャンス。
捨てる神あれば拾う神あり。
禍を転じて福となす!
 
ありがとう!!二宮くん!!
 
「夢の景色を♪
景色を探すんだ、宝島♪」
 
タララララララ~♪
 
なめらかに文章が浮かぶ時は、
必ずアタマの中で鳴るメロディ。
 
受け取った絵を、
スキャンして取り込んだら。
 
パソコン画面の中で、
大野さんの描いた絵と
わたしの書いた文字とが、ともに踊る。
 
調子よく鼻歌、また歌っちゃう。
 
「~♪」
 
「…ふっ」
 
ドキドキワクワク興奮していたから、
自分のことなのに、気がつかなかった。
 
睡眠不足が続いていた、
わたしのアタマは、限界がきていた。
 
〆切ギリギリで
入稿し終えた、その後に。
 
人生初の出来事、まさかの方向に、
運命が動いてく、なんて。
 
この時のわたしはまだ、
知る由もなかった。
 
 
第3話
新宝島
 
(初出:2020.1.23)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
読んでいただき、
ありがとうございます(^^)/
 
主人公ちゃんよりもずっとちゃんと、
〆切を気にして作業するところが
大野さんっぽいかなあと思ってました、
「だから早くやれ。笑」
ってセリフ、とっても似合うなあと(*^^*)
 
第3話の鼻歌は
サカナクション「新宝島」
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映画「バクマン。」の主題歌
とっても好きな映画!
 
初めて読んでるよーの方も、
ひさびさ読んでるよーの方も、
とっても嬉しいのです、ありがとうね(^^)
 
次の4話もどうぞ、
よろしくお願いします♪