友達の輪に入れない日がありました。

 

誰かに大きな声で嫌いと言われたわけではありません。

 

無視されたと決めつけられるほど、はっきりした出来事でもありません。

 

でも、なんとなく分かる。

 

あ、今は私が入る場所じゃないんだな。

 

そう感じる瞬間がありました。

 

みんなが楽しそうに話している。

 

笑い声が聞こえる。

 

私の知らない話で盛り上がっている。

 

そこに近づきたいのに、足が止まる。

 

入っていいのかな。

 

変なタイミングじゃないかな。

 

私が行ったら、空気が変わらないかな。

 

そんなことを考えているうちに、結局その場に入れなくなっていました。

 

誰かが私に気づいて、

 

「どうしたの?」

 

と聞いてくれることもありました。

 

そのとき私は、決まって笑っていました。

 

「別に」

 

「大丈夫」

 

「なんでもない」

 

そう言って、平気なふりをする。

 

本当は、少し寂しかったのに。

 

本当は、輪の中に入りたかったのに。

 

本当は、気づいてほしかったのに。

 

でも、それを言うのは怖かった。

 

「入れて」

 

その一言が、どうしても言えませんでした。

 

言って断られたらどうしよう。

 

嫌な顔をされたらどうしよう。

 

無理に入れてもらったみたいになったらどうしよう。

 

そう思うと、最初から何も言わない方が楽でした。

 

傷ついていないふりをしていれば、傷ついたことにしなくて済む。

 

寂しくないふりをしていれば、寂しい子だと思われなくて済む。

 

平気なふりをしていれば、誰にも迷惑をかけずに済む。

 

そんなふうに思っていました。

 

でも、平気なふりは、あとから苦しくなります。

 

家に帰ってから、何度も思い出す。

 

あのとき、どうして入れなかったんだろう。

 

私だけ、浮いていたのかな。

 

何か変なことをしたのかな。

 

本当は嫌われているのかな。

 

答えなんて出ないのに、頭の中でずっと考えていました。

 

そして最後には、やっぱり自分を責めていました。

 

もっと明るく話せばよかった。

 

もっと面白いことを言えたらよかった。

 

もっと自然に入っていける子だったらよかった。

 

私は、いつもそうやって自分を直そうとしていました。

 

相手に聞くより先に、自分の悪いところを探す。

 

何が起きたのか確かめる前に、自分が足りなかったことにする。

 

そうすれば、まだ希望がある気がしたからです。

 

私が変われば、次は入れてもらえるかもしれない。

 

私がもっといい子になれば、嫌われないかもしれない。

 

私がもっと空気を読めば、邪魔にならないかもしれない。

 

そう思っていました。

 

大人になってからも、この感覚は残りました。

 

職場で、数人が楽しそうに話している。

 

自分が近づいた瞬間、少し会話が止まった気がする。

 

それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。

 

起業塾でも、同じでした。

 

同期が楽しそうに交流している。

 

誰かの投稿にコメントが集まっている。

 

メンターと親しそうに話している人がいる。

 

それを見るたびに、私はまた外側にいる気がしました。

 

入っていけばいいだけ。

 

コメントすればいいだけ。

 

声をかければいいだけ。

 

頭では分かっていました。

 

でも、体が止まる。

 

変に思われたらどうしよう。

 

今さら入ってきたと思われないかな。

 

私だけ浮いて見えないかな。

 

そんなことを考えて、また見ているだけになる。

 

そしてあとから、ひとりで落ち込む。

 

私はコミュニケーションが下手なんだ。

 

私は人の輪に入れないんだ。

 

やっぱり、こういう場所に向いていないんだ。

 

そうやって、また自分を責めていました。

 

でも今は、少し違う見方もしています。

 

私はただ、輪に入れなかっただけじゃない。

 

拒絶されるかもしれない空気が、ずっと怖かったんだと思います。

 

誰かの表情が変わること。

 

会話が止まること。

 

必要とされていないと感じること。

 

その全部が、子どもの頃から怖かった。

 

だから私は、傷つく前に自分から離れていました。

 

入りたいのに、入らない。

 

寂しいのに、平気なふりをする。

 

声をかけてほしいのに、何もいらない顔をする。

 

そうやって自分を守っていたんだと思います。

 

でも、その守り方は、いつの間にか私を孤独にしていました。

 

人の輪に入れないまま、外側で笑う。

 

本当は傷ついているのに、何もなかったことにする。

 

そして、あとから自分だけを責める。

 

それを何度も繰り返してきました。

 

私はずっと、もっと強くなればいいと思っていました。

 

もっと明るくなればいい。

 

もっと積極的になればいい。

 

もっとマインドを変えればいい。

 

でも、たぶんその前に必要だったのは、怖かった自分に気づくことでした。

 

輪に入れなかった私。

 

平気なふりをした私。

 

あとからひとりで傷ついていた私。

 

その子を置き去りにしたまま、発信だけ頑張ろうとしても苦しかった。

 

投稿ボタンの前で止まるときも、きっと同じでした。

 

私は文章を出すのが怖かっただけじゃない。

 

また、輪の外にいる自分を見せられる気がして怖かったんだと思います。

 

読まれないこと。

 

反応がないこと。

 

誰にも必要とされないように感じること。

 

それが怖くて、私は何度も下書きに戻していたのかもしれません。

 

そう思うと、少しだけ自分を責める気持ちがゆるみました。

 

私は弱かっただけじゃない。

 

ずっと、入れてほしかったんだと思います。

 

そして、その気持ちを言えないまま、平気なふりをすることだけが上手くなっていたんだと思います。