鷹丘橋と館神跡の紅葉 | スチャラカでスーダラな日々

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故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

館神跡と内濠の紅葉
館神跡と内濠の紅葉🍁

北の廓中心の地図鷹丘橋 本丸から北の郭を撮影鷹丘橋 北の郭から本丸を撮影本丸の北東から館神跡と内濠の紅葉を撮りました。右端の東屋から手前に広がる敷地が館神跡になります。館神は津軽藩の二代藩主信枚が豊臣秀吉の木像を御神体として安置した場所です。こちらで藩主や場内の安全に関わる加持祈祷が行われ、館神に出入り出来たのは藩主や神官とその家族など限られた人物のみでした。

館神跡の発掘調査では、鳥居の礎石や本殿の柱穴と柵列跡の遺構が確認された他、藩政時代の陶磁器や土器が多数出土しました。立派な神殿がここにあり、加持祈祷が行われたと推測されます。この地に館神を再建することはせず、跡地として当時の遺構を偲ぶところにしています。

鷹丘橋は内濠を隔て本丸と北の郭に架かる橋です。弘前城は1628年(寛永5年)に改称される以前、鷹丘城(高岡城)と呼ばれていました。

この橋は1670年(寛文10年)、4代藩主信政が母の屋敷のある北の郭を行き来するために架けたとされます。藩政時代は敵の侵入を防ぐため戦時には壊される架け橋でした。

鷹丘橋は杉の大橋や下乗橋と異なり、橋げたが低いのが特徴です。これは弘前公園の敷地全体が南から北に向かって緩やかに傾斜しているためです。本丸の高台から鷹丘橋と北の郭を眺めると本丸と北の郭の標高差がよくわかります。

鬼門崩しに山吹色の紅葉
鬼門崩しに山吹色の紅葉

鷹丘橋 内濠築堤の紅葉
鷹丘橋 内濠築堤の紅葉

館神跡 説明板
館神跡 説明板