うちら陽気な かしまし娘1 | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

かしまし娘(1958年「大阪の女」という映画のシーン)

かしまし娘 1956年ブロマイドかしまし娘は、元松竹芸能所属の姉妹音曲漫才トリオ。道頓堀角座がホームグラウンドで、松竹芸能の看板芸人だった。

グループの名付け親は当時北野劇場の支配人だった角倉節朗(後の関西テレビ編成局長)。最初はカタカナ表記のカシマシ娘だったが、北野劇場が間違えて看板をひらがなで書いてしまい、この方が語感が良いとなった。

1956年8月31日に南街劇場の幕間でデビューする。歌謡曲・浪曲・民謡・小唄・長唄を一通りこなせる器用さと若手三姉妹トリオは他にないこと、民放テレビ局の勃興期に当ったことでドン底から一転して人気者になる。

父は尺八吹きから安来節を歌うなど多芸で母は出雲高子という芸名の追分唄いで一家で旅回りの一座を組んでいた。三人とも3歳で初舞台を踏む。2023年で芸歴91年、87年、84年になる。

コロムビア盤 かしまし娘
コロムビア盤 かしまし娘