









これはアメリカ皆既日食に行く前の話ですが、シゴトで25時間勤務するので交替勤務で4時間ほど仮眠を取ります。仮眠中に身体の揺れが始まってバァンバァンガツン!!と言う音と感覚で不意に目を覚ましたのです。これが2024年の1月半ば頃でした。何のことやらワケが分からないまま起きて身支度してシゴトに向かいました。
断片的な夢だったので予知夢かどうか分からなかったのです。しかし確かに身体ごと揺れている感覚はありました。本編に戻ります。
日本へ帰国する乗継便のフライト時刻も近づいた頃、無事にヒューストン市街に入ったレンタカーをガソリンスタンドで満タンにしてからHertzレンタカーに返すと相方が言いました。相方の運転を見ていると不安定で何かやらかす不安があったので、このままレンタカーをHertzに返しに行った方が良いよと言ったのです。
しかし満タンにしてから返す想いの強い相方に押し切られてしまいました。レンタカーは IAH記念碑のある大きな交差点にあるガソリンスタンドに向かいました。こちらは何故か大が近くなったので、トイレを借りようとしたら先客が頑張っていました。
結局トイレに入れたのが5分以上も待たされてしまったのです。こちらも大が近かったのでそれ以上の時間をかけて用を足しました。相方は待ちくたびれてしまったのですが、こちらもそれなりに大変でした。
さて交差点に向けて相方がゆっくりと車のペダルを踏んで交差点に出たその時です。青信号なのに対向車線の車が勢いよく交差点に突っ込んできました。慌てた相方は制御が効かなくなったように次々と車のドアを目がけてぶつかります。最後に車が止まったのが相手の車に衝突して動けなくなった時でした。三ケ月前に見た予知夢が現実になったのです。
灰色の車が借りていたレンタカーです。ちょうどぶつかった側の席に弊サイト管理者が座っていたのですが、怪我は一つもなかったですね。ここが日本なら相手の車から運転手が出て来て色々と文句を言われるところです。
そこは車社会のアメリカです。被害者の車も人間には怪我がなかったです。相手も冷静で保険会社に電話を掛けていたようでした。こちらも相方が携帯電話でHertzレンタカーに電話をしてヒューストン警察にも連絡を済ませました。
1時間もするとレッカー車と状況見分をするために警察がやってきました。テキパキと事務処理などを終えて30分足らずで現状回復したのです。乗っていたレンタカーは牽引されていきました。起こったことを悔やんでも仕方ないのですが、事故前にそれを防ぐ言葉は掛けました。
「あの時、レンタカーを返しに行っていたらどうなったと思う?」「無事に帰国できたんじゃない?」「だから言ったのに・・・」覆水盆に返らず。起こってしまったことはしょうがありません。警察の車でHertzレンタカーの受付まで連れて行ってもらえることになりました。車を管理する受付は駐車場の踊り場にあるので係の方に相方が事の顛末を言うと受付のおじさんが顔色を変えてCAR?と怪訝そうな顔で聞き返します。さすがに怖いと思った瞬間でした。
ここで警察の方が助太刀をします。壊れたレンタカーは違う場所に保管して電話番号が書かれた紙を持って受付に説明していました。レンタカーを借りる時、事前に保険に入っていて良かったです。結局ぶつけた車とレンタカーは廃車扱いになりました。保険で全てカバーできるそうです。車が無くて車を返した稀有な例です。
