1980年夏に後楽園球場で行われた第4回 ウルトラクイズは、球場上空のヘリコプターから第1問が投下されました。留さんの口調も年配者に遠慮しているのか、まだ敬語で話しています。
第一次国内予選冒頭で「優勝旗返還」のセレモニーが行われ(第5回と"今世紀最後"は除く)、前回のクイズ王・宗田利八郎が優勝賞品・競走馬に乗って登場。佐藤孝吉審査委員長(総合演出)に優勝旗を返還し「選手宣誓」を行うと故郷である「福島県」解答者列に移動しました。
後楽園球場の第1次予選になんと2,707名が集結。たった100人しか通れないのに、あわよくばタダで海外旅行という極めて常識的愉快な人たち。さて問題が正しいと思えば内野に前進、間違っていると思えばそのまま動かない。
第1問はくす玉割りクイズと称され、正解が入っているくす玉を割って正解発表することが行われました。その際に、なぜかボールを留さんにぶつけていた人もいたようです。
問題:ニューヨークの自由の女神像は石でできている。→× 純銅で出来ている
前回のクイズ王・宗田利八郎が第1問目でいきなり失格(過去のクイズ王が第1問で失格は初)、更に宗田を頼って不正解側に移動した福島県挑戦者が第1問目で全滅した。一方、第2回クイズ王・北川宣浩は第一次予選を突破した。
敗者となった前回のクイズ王・宗田利八郎さんのところへ前々回のクイズ王・北川宣浩さんがやってきました。宗田さんが北川さんに「優勝するなよ?面白くないから。」と言います。NTVのカメラがその様子を見事に捉えました。
視聴率は歴代2位を記録。成田での敗者復活戦が今大会から始まり、ジャンケンに負けた人にも国外脱出のチャンスが与えられた。またグァムから、どろんこクイズが初登場。更に通せんぼクイズの前身・通過クイズが登場し、各クイズ形式にも一ひねりを入れ始めた。ルートでも横断の要素に加え縦断の要素が強い回となる。
準決勝では全大会で唯一、プエルトリコ自治連邦区に上陸した。そのプエルトリコに駒を進めたのは4名とも女性で、グァムから勝ち抜いて以降は誰一人脱落しなかった。
歴代で唯一、男性が途中で全滅すると共に女性がクイズ王となった大会。決勝戦は、初めてクイズ番組未経験者同士の対決となった。