
ヒンデンブルク号爆発事故とは、1937年5月6日にアメリカ合衆国ニュージャージー州レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツの硬式飛行船・LZ129 ヒンデンブルク号の爆発・炎上事故を指す。乗員・乗客35人と地上の作業員1名が死亡。この事故により、大型硬式飛行船の安全性に疑問が持たれ、それらの建造が行われなくなった。
1912年4月14日に起きたイギリスの豪華客船タイタニック号沈没事故、1986年1月28日に起きたアメリカ・スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故と共に、20世紀の世界を揺るがせた大事故の一つである。
LZ129ヒンデンブルク号は、マックス・ブルス船長の指揮下のもと、ドイツ・フランクフルトを発ち、2日半の大西洋横断後、現地時間(アメリカ東部時間)1937年5月6日19時25分(日本時間5月7日8時25分、ベルリン・フランクフルト時間5月7日1時25分)頃、アメリカニューヨーク近郊のニュージャージー州レイクハースト空軍基地着陸の際に尾翼付近から突如爆発。ヒンデンブルク号は炎上しながら墜落し、乗員・乗客97人中35人と地上の作業員1名が死亡した。
本来は到着の瞬間を実況するはずだったシカゴのラジオ局アナウンサー、ハーブ・モリスンが「大変です!ヒンデンブルクが突然火を噴きました!本当です!これはどうしたことでしょう!上空150メートルの所で燃えています!どんどん火の手が大きくなっています!船体が地面に激突しました!ちょっと、前の人どいて下さい!どいて、どいて!ああ、なんと見たこともない恐ろしい光景だ!最悪の事態だ!もう、言葉になりません!とても実況などできません!…」などと伝え、最後には涙声となる。なお、映画版でも実況しているモリスンの姿が出ているシーンがあり、それも再現されている。
もし1925年1月24日の皆既日食を撮影した飛行船のUSS ロサンゼルス号が当時爆発していたら、貴重な皆既日食の記録が残らないどころかこれも大惨事になっていたでしょう。