ザンビア皆既日食 4 | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

私の観測風景(5)ザンビアの元気な子供たち
翌朝早くも別れがやってきました。女性全員とお金持ちの男性はビクトリアの滝を見るため、バスで十時間かけて移動します。残った我々7人は色気のない殿方ばかり。華のあるバスを見送り、殿方達も空港行きのバスに乗り込みます。

ルサカ発の飛行機は夕方なので、途中ザンビア初代大統領の官邸に行きます。官邸と言っても日本のような立派な建物ではなく、一軒の民家でした。官邸の近くには子供達がたくさんいました。

ザンビアの子供たち殿方の一人がビデオカメラで彼らを映すと段々集まってきます。ファインダーを子供達に向けるとビデオカメラに一点集中して色んなポーズを取ります。子供達が元気なのは国が発展する良い証拠です。

ところがツアー客の一人がペンをあげようとしたら、子供達の取り合いになりました。この凄まじいエネルギーを何かに使えないものか…彼らには順番と言う概念が無いようです。混乱と騒動の中バスは空港へ向かって走り始めました。

ルサカの露天商①(6)ザンビアの日常
話は前後しますが、皆既日食当日は部屋から観測場所が近いので用を足しによく往復します。部分日食直前に部屋まで戻ると、ホテルの従業員から日食グラスをくれと言われます。それらは観測場所に置いてあるし早く用を足したいので断ります。なぜ彼らはねだるのでしょう!?

それは今日だけ見られる天文現象よりもこれから食べなきゃならないパンの方が必要だからです。私達は無料で貰えますが彼らは買わなければ手に入りません。

ルサカの露天商②それでたくさん持っていそうな日本人に日食グラスをねだるのです。我々は子供の頃ガラスをロウソクであぶり、ススを付けてから太陽を見ると安全に見られる事を理科の授業で教わっています。ザンビアでは誰一人として煤の付いたガラスで観察する方はいません。

日本人にねだるほど日々の糧を重視するのは、まるで敗戦直後の日本そのものでした。この国は左側通行なのでやたらと日本車が目に付きホテルの送迎車も日本語で非常口がそのまま書いていました。
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