Wikipediaより抜粋
アレサ・フランクリン(Aretha Franklin、1942年3月25日 - )は、アメリカの女性ソウル歌手。
ソウル歌手の中でも、サム・クックと共にひときわゴスペル・フィーリングの強い歌唱を持ち味としており、“クイーン・オブ・ソウル”あるいは“レディ・ソウル”の異名を持つ。
1960年代後半の作品群が特に有名で、オーティス・レディングと共にサザン・ソウルの隆盛に寄与した。1987年に女性としては初めてロックの殿堂入りを果たした。
アレサ・フランクリンはメンフィスの生まれだが、育ったのはデトロイトである。彼女の父親は教会の牧師であり、彼女は幼い頃から父の教会でゴスペルを歌っていた。
1961年にはコロムビア・レコードからデビューするが、同社は彼女をポピュラー・シンガーとして売り出し、ゴスペル・フィーリングを前面に出さなかった。この為か当時のアレサのレコードは世間に大きなインパクトを与えるに至らなかった。
1967年にアトランティック・レコードに移籍。同社のプロデューサーであるジェリー・ウェクスラーは彼女のゴスペル・フィーリングを前面に押し出す方針を採り、レコーディングを同社の本拠地であるニューヨークではなく、アラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオで行った。
同社はそれまで南部色の強い歌手の作品をメンフィスのスタックス・スタジオでレコーディングしていたが、この頃スタックスとの間に対立が起きた為、その代替地としてフェイムが選ばれたものである。
この方針は成功を収め、アレサはアトランティックからの第1弾アルバムI Never Loved A Man (The Way I Love You)によって一躍スターの座に躍り出た。その後もLady Soul、Live at The Fillmore Westなどのヒット・アルバムを送り出し、サザン・ソウル歌手としてはオーティス・レディングと人気を二分する存在となった。
1967年にレディングが飛行機の墜落により死去したのがきっかけで飛行機恐怖症となり海外公演を行わなくなった。