京本もみあげ! どうもポップヌードルです(-.-)y-~~~
今日は詞の話です。
詞って一番重要ですが場合によって実はそうでもなかったり。
実は僕もよく分からんです。
詞の世界観と曲の世界観を合わせる時、必ずしも詞が重要とは限らないという事です。
極論を言うとインストでも音楽は世界共通で感動を共有出来たりするものです。
洋楽しかほとんど聞かない人、邦楽しか聞かない人
ビジュアル系が好きな人、ジャニーズが好きな人、
逆にそれらを敬遠しアーティストとして認めようともしない人。
自分の好きな音楽のジャンルは人それぞれ様々ですが
音楽を自分でやりだすと気づきます。みんなとても素晴らしいです。
アニメの音楽やゲームの音楽、クラシックや演歌、ロック、ヒップホップ。
みんな素晴らしいです。
そこに気づいてる人は周りの人からミーハーと言われるかも知れません。
でもミーハーでいいじゃんと自分の耳を信じてください。
そう考えると詞ってそんなに重要ではないなと。。。
例えば洋楽好きな人で半分の方が英語の詩なんて実はそんなによく分かってません。
そのため曲を聞き流せる癖があるのでBGMやインストの曲なんかも気分よく聞けます。
車の運転中に何となく聞ける(聞き流せる)術を知っています。
反対に邦楽好きな人で特に年配の方になればなるほど日本語の詞を重要視します。
曲を聞き流す事も出来ますがすぐに飽きるので音楽のフィーリングより深く入り込める詞を堪能したい感じです。
このため詞の世界に共感できる曲を何度も聞きます。
↑もちろんただの参考なのでみなさん絶対にそうではないです。
まとめます。どういう事かというと詞ってのは聞く人のモノなんです。
ですから曲を作る時は詞は大切ですが曲の世界観にプライドを持てれば詞は後づけでも可です。
実際に最近のミュージックシーンでは曲が先で後で詞をつけるパターンが多いです。
その際、先に付いてるメロディーを壊してまで詞の文面を優先させる事はNGです。
詞っていうのは聞く人のモノと言いましたが
ただの詞(ポエム)と音楽にのせる詞はハッキリ違います。これが分かってるかどうかは重要です。
僕も作曲を始めて自分の曲を作る時は詞は凄い悩みました。今もです。
でも昔は自分の世界観を出そうと一曲の詞にまるで自分の考えや思ってる事、人生観などを
最初から最後まで全部書き出すような詩ばかりでした。
自分の音楽だから自分を出したいのは分かりますがやり過ぎはハッキリ言って自己満足です。
それよりも思い出してください。詩は聞く人のモノです。
自分の事よりも人が聞いて喜び、感動し、そういうのって素晴らしくないですか?
だったら自分を出すのを我慢してでも聞く人にまず考えさせる事やイメージさせる事をしてください。
例えば
「いつかの昼下がり公園のベンチ、僕の隣に君が居て、いつもそばに居るはずなのに今日がとても素晴らしい事と今気づいた。」
という詞があったとします。
結論いうと長いです。
自分の考えを詰め込みすぎ。もちろん曲によっては有りにもなりえますが。。。
曲の世界に自信があればこんな長い文面は必要ないです。
極論からいうと曲がしっかりしていれば
「君が居た 今日が素晴らしい そう気づいた」
だけで全ては伝わります。
え~!じゃ公園とかの感じが伝えきれてないじゃん!って方もいらっしゃると思いますがいいんです。
君がそばに居た事の喜びが重要なんで公園なんてこの時実際どうでもよく場所や風景は聞く人に想像してもらいましょう。
そうこれが聞く人にイメージしてもらうという事です。
実際にこのほうが文面は少ないですが聞き手に想像し考えてもらう事により説得力がまします。
で、さらに突き詰めると詞がなくても音楽は君が居た事の喜びを伝える事ができます。
それは世界共通で大切な人が居る喜びを人間であるって事を鼓動がしっています。
だからハートに響くんです。音楽とはその為のただの手段であり、別に音楽でなくとも絵画でも骨董品でも伝えられます。
それらを人はアートと呼びます。
だから僕は何でもいいじゃんと。
洋楽派の人は邦楽を無視しないでください。
ロック好きな人、ジャニーズだって音楽です。
ビジュアル系を敬遠し嫌がる人、音楽なんてみんなビジュアル系です。
カッコなんてどうでも良いと言ういつもTシャツのパンク系の人が居たとします。
じゃ化粧をしろと言います。
それは嫌だというでしょう。
カッコなんてどうでもいいはずでは?それはTシャツがカッコいいと思ってるからそれはそれでビジュアル系という事。
だからこだわるなと。
良さをそれぞれ認めればみんながアート
だからアーティストとして認めてあげれば自分が曲を聴くときにますます感動できるのではないでしょうか?
長くなりましたので以上!
風呂はいろー。。