【関連】オーストラリアや欧米諸国で日本人を偽る韓国人売春婦

2月9日付けのオーストラリアのゴールドコーストブリテン紙に、

 「パーティー好きな日本人女子大生18歳、

  バストは豊胸無しの92Dカップ、紳士求む」

と広告を出した、ジュ・ジン(25歳)、ホ・キムリエ(32歳)、

朴・アンスン(31歳)の三名の韓国人売春婦が、

広告を見て尋ねてきた刑事に違法売春の容疑で逮捕された。

この三名は時給$240で売春をしており、一日$2,000程度の稼ぎがあった。


韓国人や韓国政府のやりかたが道義的に正しいかどうかは別として、

少なくとも彼らにとっては一石二・三鳥の合理的な行動ではある。

憎い相手を貶めつつ、自分への責任追及も回避される。

しかも日本人を罠にかけることは韓国では「英雄的行為」である。

しかも、日本以外のいろいろな国に分散して責任転嫁して無闇に敵を

増やすよりは全部まとめて日本のせいにしたほうが韓国の外交にとっては

遥かに効率的だろう。日本とだけ戦い、日本さえ丸め込んでしまえば、

それだけで全てがチャラなのだから。

日本は「国際紛争を武力で解決することを憲法9条で禁止」しているため、

韓国のような喧嘩の弱い国にしてみれば「自分が殴られる危険なく

相手を一方的に殴ることができる」ので願ったり叶ったりのオイシイ相手だろう。

また、日本人は、相手に堂々と大胆な嘘をつかれた時には「ここまで堂々と

言っているのだから、もしかすると自分が知らないだけで間違っているのは

自分なのかもしれない」と、韓国や中国の愚にもつかない主張にさえも耳を傾け、

自分側を疑う謙虚さを発揮してしまう。

韓国は、

このような日本人の「甘さ」を昔から熟知している


今のような時代だからこそ、我々は福沢諭吉の著した『脱亜論』を

思い出すべきなのかもしれない。

原文は古い時代の言葉だが、

要点を現代語に訳してまとめれば以下のようなものである。

  「日本にとっての不幸
は、“中国と朝鮮”である」

  「この2国は古来文化は近かったはずなのに、日本と精神性が全く違う」

  「情報が発達し、近代文明や国際法を知る時代になっても

   過去にこだわり続ける中国と朝鮮の精神は千年前から変わっていない」

  「もうこの2国が国際的な常識を身につけることを期待しても意味がない」

  「東アジアの一員として互いに繁栄できる、という幻想
は捨てた方がいい。

   日本は、中国や朝鮮と絶縁し、欧米と共に進んだ方がいい」

  「中国や朝鮮に“ただ隣国だからといって”特別な(親しい)感情を

   持って接するのは間違いである」

  「この2国に対しては国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい」

  「悪友と親しくする者は、他人から同類と見られることを避けられない」

福沢諭吉『脱亜論』


これが書かれたのは明治18年(1885年)、つまり120年前である。

当時の日本にここまで本質を見通せる賢者がいたことに感動すると同時に、

120年前の福沢諭吉が「中国と朝鮮の民族性は“昔から”変わってない」と

述べている点に注目したい。

そう、“今も”同じなのである。

いや、むしろ今のほうが厳しい状況なのかもしれない。

日本の弱腰の外交姿勢、弱者には手を差し伸べる日本の国民性、

敵にまで礼儀をつくす武士道の精神、世界2位の経済大国という余裕……

どれをとっても彼らからみれば

カモ

でしかないのである。

韓国が“なぜ”反日かを極端な言葉でまとめると以下の通りである。

★韓国は、惨めで哀れな千年属国の過去を消し去るために

偽りの愛国教育をしたかったが、それには格下の弟だと思っていた日本に

助けられてしまったという不甲斐ない過去が邪魔だった。

★しかも北朝鮮と韓国は内輪揉めをしていて、両国とも元日本なのに、

日本が敗戦した途端に戦争責任を取らされることを恐れて、

一緒に戦った戦友である日本を裏切ることで

「自分たちは戦争責任のない正当政府だ」と主張し合った。

半島の覇権争いのために「反日こそが正義」という態度で北朝鮮と韓国の

その後の政策が出来上がっていった。

★その政策を正義とするためには、都合の悪い事実(朝鮮が卑怯だった

ことや、日本が正しかったこと)をどうにか歴史から消し去る必要があり、

都合のいい正史史観により教科書を捏造し、反日教育という名の

洗脳を国民に施し、他の面倒なことはまとめて全て日本のせいにした。

さもなければ国政がままならなかったし、一石二鳥以上の利益があった。

★そして韓国にとって幸運にも、日本は親韓国(親隣国)で、金持ちで、

地理的に近く、甘く、嘘を見抜けないお人よしな上に戦争まで放棄した

すこぶる都合のいい国だった。

ここまで読んだ人は、おそらく、

 「まさか、韓国人の皆が皆、そこまで酷いはずはない」

と思っていることと思う。

確かに全員が反日というわけではない。

だが、

韓国では『反日とは、政府が主導する“政策”』
である。

そこでは日本を嫌うほうが自然
であり、当然なのである。

※もし現代韓国人の認識を確認したいのであれば『Enjoy Korea(エンジョイコリア)』という

 韓国語と日本語を相互にリアルタイムで自動翻訳する有名掲示板を利用してみるといいだろう。

 彼らの対日意識の片鱗に触れられるかもしれない。 ttp://bbs.enjoykorea.jp/

■李光洙(イ・グヮンス)

「私はよくよく我が子孫と朝鮮民族の将来を考えたあげくに、

 こうするのが当然だという堅い信念に到達したのである。

 日本人との差別がなくなること以外に朝鮮人は何を望むだろうか。

 したがって差別の除去のために、あらゆる努力を注ぐことが、

 最も重大にして緊急なこととなる。

 われわれの在来の姓名は、支那を崇拝した先祖の遺物である。

 永郎、述郎、官昌郎、初郎、所回(巌)、伊宗、居漆夫、黒歯

 このようなものが、古代のわれわれ先祖の名前であった。

 徐羅伐、達久火、斉次巴衣、ホルゴ、オンネこういったものが、

 昔の地名であった。そのような地名と人名を支那式に統一したのは、

 わずか六、七百年前のことだ。すでにわれわれは日本帝国の臣民である。

 支那人と混同される姓名を持つよりも、日本人と混同される氏名を

 持つ方が、より自然なことだと信ずる。」

「内鮮一体を国家が朝鮮人に許した。

 故に、内鮮一体運動を行わなければならないのは、朝鮮人自身である。

 朝鮮人が内地人と差別がなくなる以外に、何を望むことがあろうか。

 したがって差別を除去するためにあらゆる努力をすることの他に、

 何の重大でかつ緊急なことがあるだろうか。姓名三字をなおすのも、

 その努力の中の一つならば、なんの未練もない。喜ぶべきことではないか。

 私はこのような信念で、香山という氏を創設したのである。これから徐々に

 わが朝鮮人の氏名が国語で呼ばれる機会が多くなって行くだろう。

 そのような時に李光洙よりも香山光郎の方がはるかに便利だ。

 又満州や東京大阪等に住んでいる同胞が、日本式の名をもつことは、

 実生活の上で、多くの便宜をもつだろう。」

 

                   (毎日新報コラム『創氏と私』より)

※内地……朝鮮から見た日本本土のこと。

香山光郎こと李光洙は朝鮮の有名人だったので、

当然ながら総督府は彼の言葉を朝鮮人への宣伝に活用した。

このようにして創氏改名は朝鮮人自らの意思で行われることとなったのである。

逆に、同じ日本の統治下にあった国でも

朝鮮のような「権利」が与えられなかったケースもある。

台湾である。

朝鮮が「併合」(日本と一体になること)であったのに対し、

台湾は「植民地」だったので、朝鮮人ほどの権利は台湾人には与えられなかった。

創氏改名の「権利」を日本から与えられず、

創氏改名に「許可」が必要だった台湾人の目線を見てみよう。

■黄文雄

現在の韓国人の姓名は、すでに祖先の姓氏を捨てて漢姓を使っているが

「日帝時代」の創氏改名は原則的は自己申告制だった。台湾で日本時代に

行われた「許可制」による改名運動に比べたら、むしろ韓国人にとっては

「特権」であって、非常にゆるやかなやり方だ。

ましてや「日帝」は万民平等等の原則に基づいた新戸籍制度を創設して、

戸籍さえ許されなかった人口の半数近くを占める奴婢に姓氏を与えた。

さらに、「皇民化」=近代国民運動によって日本語やハングル文字を

普及させただけでなく、李朝時代以来、両班から蔑まれていた

ハングル文字の教育を学校で採用し、漢字・ハングル混じりの文章を

体系化させ、伝統文化の研究と再興を推進したというのが、

紛れもない史実だ。

「生命を奪われた」というのも、じつは史実に反している。

近代化による産業発達によって優生学的な社会改革が行われたことで、

有史以来の飢餓と疫病を克服することができ、植物依存の生態系

までも変えることができた。そのため、米の生産量が一千万石から

二千万石以上に倍増し、韓国の人口も倍増(1906年の980万人が

1938年には2400万人に急増)した。このことを、生命を奪ったとは

言わないだろう。日本は優生学的にも人口学的にも、韓人の生命の質と量を

飛躍的に向上させたのだ。

客観的に見れば、「日帝三十六年」の「七奪」は実質的には「七恩」と

言うべきだろう。

韓国人に「七恩」を施したから「七世報恩」(七代までも恩返しせよ)とまで、

日本人がいちいち口にする必要はないが、少なくとも韓人に対して、

自国史についてのより「正しい歴史認識」を日本は求めなければならない。

          (『「龍」を気取る中国「虎」の威を借る韓国』P142-143より)

※日帝三十六年の七奪(チルタル)

 韓国人が日本を糾弾するための攻撃材料を覚えやすく7つに分類したもの。

 日帝が「韓国から主権、国王、人命、国語、姓氏、土地、資源を奪った」と

 主張するもので、韓国の教科書にも載っているが、“現実は”以下の通り。

 ・主権を奪った?→日韓併合条約第1条で韓国皇帝が自分で天皇陛下に献上した。

 ・国王を奪った?→日韓併合条約第3条で王公族として日本の皇族に準じる待遇を受けた。

 ・人命を奪った?→飢餓、病死者が減り、食料生産が増え、むしろ人口が増えた。

 ・国語を奪った?→日本人の税金で学校が作られ、底辺階級にまでハングルが普及した。

 ・姓氏を奪った?→元名を残す自由もあり、新規に家族名を創らせ、底辺階級にも戸籍を与えた。

 ・土地を奪った?→韓国政府が管理していた国有地が当然日本政府の国有地になった。

 ・資源を奪った?→何もなかった。ゆえに日本が数万本も植林し、農業や産業を育てた。

台湾では植民地支配の中で台湾の国力が増強された事実を正当に評価している。

ちなみに上で引用した黄文雄は、日本の「皇民化運動」(併合を機に「生粋の日本人」と

「新たに日本国籍になった元朝鮮人」を同等に扱っていくための制度改革)についても

「近代国民国家成立への過程でどこの国でもみられた国民運動」と位置づけている。

また、日本が朝鮮人や台湾人の姓名や国語を奪ったとはいえないことを

「中国の華化運動」や「フランスの国民運動」などの同化政策と比較して説明している。

たとえば中国(清)による漢化政策などは、台湾人から姓名を奪い漢姓(中国人っぽい名前)を

下賜(上から与える)しただけでなく族譜(中国人としてのルーツのようなもの)まで押し付け、

それを拒否するものには5倍以上の租庸(税金)をとって漢化(中国人化)を促したという。

日本は中国のようなことまでしなかったため、敗戦前の年代ですら日本の旧陸軍士官学校の

卒業生名簿の半島出身者の名前は、日本名併記もあるが、半数近くは朝鮮名のままだったのである。

ちなみに「現在でも」中国は台湾に対してかなり強引な同化政策をとっている。

今の台湾は中国人が多く入植してきているが「台湾は、台湾人のもの」である。

だが中国は「台湾は中国の一部である」と一方的に規定し、もし台湾が独立を宣言した場合には

ミサイルを撃ち込むことを“合法”とする『反国家分裂法』を制定し、実際に軍艦などを

たびたび台湾近海に近接させるなど露骨な恫喝を行ってる。

本当の意味で苛烈な同化政策というのはこのようにやるのである。

しかし朝鮮は台湾以上に日本から権利や恩恵を与えられ、国土やインフラの開発などは

日本本土の日本人の税金で賄われるという都合のいい環境だったにも関わらず

現代韓国人は「日本に統治されたこと」を恨んで全ての行為を否定するばかりで

与えられたものや功績を全く理解しようともしていないのである。

統治された、と言っても当時日本人だった者が日本政府に統治されるのは当然なのだが。

ちなみに先に引用した李光洙や黄文雄の著書の文中でも触れられたように

実は朝鮮人というのは日本の併合以前にも何度も自ら名前を変えている。

そもそも古代朝鮮人は「阿直岐」「興首」「階伯」など、

現在とは全く違う名前を使っていたのだが、

まず、高麗時代に現在のものに近い中国式の名前に改名している。

その後、モンゴルが大陸の覇者になると

高麗王朝は国王を筆頭に次々にモンゴル風の名前に改名してしまう。

それだけに止まらず、明が元を破り中華王国の主になった時には

朝鮮人は「再び」中国式の名前に改名しているのである。

そして日本が朝鮮半島を併合統治すれば8割が日本名へ改名することとなる。

そして終戦後、朝鮮半島が日本の領土でなくなった時、また中国式に改名する。

このように歴史的にも名前の継続性に無頓着な民族であるにも関わらず

「創氏改名で名前を奪われた!」と日本に対してだけ鼻息を荒くする一方で、

現代の韓国人が違和感なく中国式の名前を使っているというのも不思議なものである。

■実は、天皇家とは「家系」だけでなく「血統」も兼ね備えた者のことなのである。

一般の国民の家では「家系が後世に繋がる=家の存続」と定義しているので

誤解されることが多いが、天皇家はそもそもその定義が異なっているのである。

要するに(一般の家と違って)「血統」が違えば天皇家は途絶えることになるのである。

更にわかりやすく表現すれば、「女系天皇というものは存在しない」のである。

なぜなら、「“男系”かつ“天皇家の家系”にあること」、つまり、

「天皇のY染色体」を継ぐ者、というのが天皇の『定義』であるため、

「女系」では厳密には天皇とは呼べないものになるのである。

女系天皇という言葉は矛盾(定義そのものを無視)しているのである。

5.ちなみに「女性天皇」と「女系天皇」は別の意味の言葉である。

戦争が終わり、政局が大きく変われば、大規模な暴動が起こり、

統制できなくなるのが世界的にも常であるのに、

日本人が比較的冷静さを維持し、新しい体制をなんとか受容できたのは“なぜ”か?

それは日本にやってきたGHQが天皇家を存続させたからである。

当時の日本人は、政府が変わっても、法律が変わっても、

どんなに日本がボロボロに疲弊し、生活が目まぐるしく変わったとしても、

「天皇陛下を戴く日本国民であること」は「変わらない」と信じたからこそ

ギリギリのところで変化を受け入れることができたのである。

(これは戦後に限らず、国内における歴代の政変にも同じことが言える)

マッカーサーは日本、そして日本人をよく研究していたのであろう。

巧妙で計算高い統治であったが、それは日本が“戦後の無気力状態”から立ち上がり

戦後復興に至るまでの速さをみれば「いかに正しい方法であったか」は明白である。

小泉首相をはじめ、「天皇家について無知な者」が皇室典範を改悪しようとしていたが、

戦勝国の占領軍であるGHQですらやらなかったことを日本人自ら企てるなど

愚かという他はないのである。

この皇室に関しては、あのアインシュタイン博士もここまで評価しているという。

「近代の日本ほど、世界を驚かしたものはない。この驚異的な発展には、

他の国と異なる何かがなくてはならない。
日本は3000年の歴史を通して一系の天皇を戴いてこれたということが、
今日の日本をあらしめたと断言 できる。
私はこのような尊い国が、世界のどこかに一カ所くらいなくてはならないと常々考えていた。

世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときがやってくる。

その時、人類は本当の平和を求めて世界的な盟主をあげなければならない。

この世界の盟主になるものは、武力や財力ではなく、あらゆる国の歴史を 遥かに越えた、最も古く、最も尊い家柄でなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らなくてはならない。
我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国を 作っておいてくれたことを……」


(大正12年 雑誌『改造』より