拝啓
はじめてお便りさせていただきます。
わたしがあなたの存在を知ったのは、もちろん「8時だよ!全員集合!」でした。
「ジスイズアペン」の荒井注さんが抜け、いつのまにかレギュラーになっていた志村さん。
覚えているのは、いきなり耳になじんだ言葉「東村山~」・・・
「東村山音頭」で一躍ブレイクしたあなたは、東村山市民が「東村山四丁目とかじゃなくって、富士見町とか久米川町とかあるだろうが・・・」とつぶやいていたことは、ご存じなかったかもしれません。
ブレイク後は、移動教室でも修学旅行でも、友人や恋人との旅行でも、行く先々で
「どこから来たの?」
「東京の東村山です」
すると、
「ああーあの一丁目の!」
「ああーあの志村けんの!」
「ああーあの東村山音頭の!」
と、ちょっと小馬鹿にしたような笑いで見られ、東村山から来たからには、なにか面白いことをしくれるだろう、言ってくれるんだろう的な空気を作られるのが、まだ若かった自分には、少し面倒に感じていたこともありました。
それに、ドリフ時代の「ひげダンス」が好きだった私は、その後一世を風靡した「バカ殿」は、正直あまり好きではありませんでした。
その後、動物系の番組などにも出演されていましたが、なぜかあなたの姿を見るのがなんとなく気恥ずかしいというか、同郷というだけで面映ゆくなってしまい、バカ殿も含めて、自らチャンネルを合わせるということはほとんどしなかったと思います。
時が経ち、仕事も変わり、出張が多くなり、出会う人がどんどん増えていくと、「東村山出身です」というセリフがひとつの「掴み」になり、初対面の相手を笑顔にし、一つの壁を越えさせてくれるということが、ようやく実感できるようになりました。
なにかの番組で、スタッフが故郷を訪ねて、所縁の人にインタビューしていくような番組に出演されたとき、わたしも知っている風景が画面の中に出てきて、「ああ、やっぱり志村けんは本当に東村山出身だったんだなぁ・・・」という実感が湧き、ときおりはにかんだ笑顔を見せるあなたが、とても素敵に映りました。
地元でありながら、ちょっと遠い存在だった志村さん。
突然の訃報に、身体が固まってしまいました。
今日は4月1日じゃないよな?とも。
やっと、正面切ってあなたを観ることができるようになり、これからのさらなる活躍を楽しみにしていたのに、ほんとうに残念でなりません。
ひとりの東村山出身者として、ご冥福をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。