薔薇の季節ですブーケ1

 

遠くへ出かけなくても、国立の住宅街を歩けば、あちらこちらの邸宅の庭先で華麗に咲く薔薇が見られます。

 

下の写真の薔薇は、そうした薔薇とは違って、市役所の一画にひっそりと咲いていた薔薇ですニコニコニコニコ

 

 

 

蕾は濃いオレンジ色、開花するとサーモンピンク・・・ 

 

 

 

近寄ると「アンネのバラ」との表示がありました。

 

どうしてアンネのバラが市役所に!?!?

 

アンネのバラは、そもそもアンネの日記に感銘を受けたベルギーの育種家が、自分の作りだした交配種の中から最も美しいバラを、アンネの父親オットー氏公認の下に、「アンネの形見」(Souvenir d’Anne Frank)として品種登録したものだそうです。

 

それが1960年。

 

日本に来た経緯についてはウィキペディアに詳しく記されていますが、そもそもは日本の合唱団とオットー氏との交流から苗木が送られたことがきっかけとなり、その後NHKの番組で紹介されたり、杉並の中学校やアンネ・フランクを記念する西宮の教会が育てたりすることで、次第に広まっていったことがわかりました合格合格

 

こうした日本での活動が伝わって、ドイツでもアンネのバラを咲かせたいとフランクフルトに里帰りしたのが2002年、既に40年以上経過していた、というから驚きです目目

 

更に十数年後、東京都内の図書館でアンネフランクに関する書籍が破られていた事件をきっかけに、杉並区は全区の図書館にアンネのバラを植えたそうです。

 

国立市の場合は平成12年(2000年)に「国立市平和都市宣言」をした時に郷土文化館に記念に植えられたようですね。

 

その後ボランテイアグループにより育てられ寄贈され、現在では市役所のみならず図書館、公民館にも植えられている、と国立市のホームページに記載されていました

 

自然を愛し、中でもバラを愛したアンネ、

 

「もし、神様が私を長生きさせてくださるのなら、私は社会に出て、人類のために働きたいのです」と願っていたアンネ、

 

アンネのバラの特徴は蕾から開花後に色が変わっていくことだそうですが、それは、もし生き延びることができたら多くの可能性を秘めていたアンネそのものを表している・・・

 

と、これもウィキペディアの情報です。

 

中々終わりの見えないロシアとウクライナの戦争、

 

アンネのバラが世界中に広まり、ウクライナやロシアでも美しく花開く、そんな平和の世の中に戻ってほしいものです😢