前出の浅田次郎氏の小説は厳粛な神秘的世界の物語台風霧台風

 

それに較べて原田マハさんのアートミステリーはまさにエンターテインメント、

 

面白い?と言っては失礼かもしれませんが、内容にもストーリー展開にもぐいぐいと引き込まれましたグッド!グッド!グッド! 

 

この本は題名からもわかるようにピカソがテーマ。

 

ピカソがゲルニカを描いた1937年頃と現代を交叉してストーリーが進みます。

 

(現代と言っても、NYで同時多発テロのあった2001年と、その後アメリカが大量破壊兵器を持つイラクに対して軍事行動を起こす2003年の頃のことです)

 

<2003年、国連本部でアメリカの国務長官がイラクへの攻撃開始をプレス発表した。その背後の壁にはピカソの「ゲルニカ」(複製織物のタペストリー)が掛かっている筈だったが、当日そのゲルニカの絵には何故か暗幕が掛けられていた。誰が何のために幕を掛けたのか演劇

 

丁度その頃、ニューヨークMoMA美術館でキュレーターとして働く瑤子は「ピカソの戦争」と題した企画展を開こうとしていた。企画の中心展示作品は何といってもゲルニカだ。瑤子は2年前の9・11のテロで夫を失っていた。夫を奪ったテロは憎い、だがイラクへの報復は憎悪の連鎖を生むだけだ。瑤子はゲルニカの力を借りて平和の意義を広く人々に訴えたいと思っていた。

 

ゲルニカは当時パリで開かれた万博でスペイン館を飾る壁画として描かれた。その頃ピカソの母国スペインでは共和国政権と保守系右翼が争っていた。1937年4月26日、フランコ将軍を支援するナチスドイツ空軍はスペイン北部の小さな町ゲルニカに無差別爆撃をかけた(この爆撃は世界史上でも初めての空からの爆撃( air raid )にあたる)。

 

その惨状を知ったピカソは母国の惨劇に対する怒りと哀しみを絵の中にぶつけた・・・横たわる兵士、苦しむ馬、子供を抱え泣き叫ぶ女、もがき苦しむ人々や動物の群像・・・その絵はゲルニカと名付けられた。だが、ピカソの住むパリににもナチの攻撃が迫っていた。

 

ゲルニカはピカソの信奉者、スペインの元貴族の若者によって一時ニューヨーク近代美術館に預けられる。スペインの国内事情が安定した後、ゲルニカは祖国に戻される。

 

紆余曲折を経て現在はソフィア王妃芸術センターに飾られている。だが、経年劣化にによる傷みが激しく門外不出となっている。戦への憎しみ、平和への願い、反戦のシンボルとしてのゲルニカを何としても借り出したい瑤子。果たして借り出すことはできるのか!?!?

 

 

正直、あまりピカソの絵は好きではありませんでしたカラーパレット

 

それは私自身が絵画に求めるものが違っていたからです。

 

ルネッサンス期の美しい人間美、厳かな宗教画、写実を超える繊細な描写の人物や風景や静物など

 

観ることで感動し心癒される、そんな絵が好き・・・ラブラブラブラブ

 

それらに較べるとピカソは醜くてグロテスクでドクロ全く魅力が感じられないパンチ!

 

でもこの小説を通して絵の持つ意義や価値について再考させられました。

 

美しいだけが魅力的な絵ではない、強く人の心に訴える絵もまた魅力的なんだと音譜音譜

 

専門家はピカソの絵をキュービズム(立体)派と称しているそうですが、その中でも代表作であるゲルニカ、これをピカソが描いた当時は評価されなかったそうです。

 

(キュービズムという定義も分かりにくいのですが、三次元の空間軸と時間軸を絵という二次元の平面で描写でするとああいう不思議なフォルムの絵が出来上がるというのではないかという気がします)

 

でも、時を経れば経るほど、ピカソの戦争に対する哀しみ憤りが観る人の心を打つようになっていった・・・メラメラメラメラ

 

なんとなく納得⁉

 

この絵が評価されるには時代の流れと人々が物を観る価値観の変化が必要だったのではないでしょうか。

 

世紀に亘って続く戦争、それから一世紀も経たぬのにまたテロによる殺戮と報復が繰り返される現代。

 

ピカソの絵は先の戦争への憎しみを描き、瑤子は殺戮の連鎖を止めたいと願いゲルニカを展示しようと画策する・・・

 

たとえこの小説が半分はフィクションだとしても美術の持つ力について教えられた気がしています。

 

The art is mightier than the sword ! !. 

 (The pen is mightier than the sword. をもじって)