"鳩山氏は「正しいことを言うときは少し控えめにするほうがいい 正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい」という祝婚歌の一節を引用し、「外交交渉の要諦(ようてい)はここにあると、昨今の外交案件をみてつくづく思う」とつぶやいた。"
いや~生ぬるいですね。
すでにこれだけ高圧的にきてるんですよ。
控えめな発言をしているからこそ圧力に負けるんですよ。
違うことは違うではどうすればいいかというところに話を持っていき、そこで相手を転がすかのごとく提案を通していくのが外交でしょう。
今の外交を見ていて僕が思ったのは学級崩壊やモンスターペアレンツを作ったのはやはり社会の責任であるということ。
国や社会、日本のマスメディアのあり方、つまり弱いものは常に正義で、は問題があれば叩き、出るくいは打たれる。
運営側が無難なほう無難なほうへと流れていき、問題があれば誤らなければ許されない空気。
だからこそきちんとした対応が出来なくなってしまう。
だからこそごり押しが通ってしまう。
本来は決まりにのっとりきちんと対応し、問題があればどのように解決するかを模索することが大事ですよね。
個人的に謝るという行為は大切ではあるものの問題解決に向けての途中段階にあると思います。
今ではどのように相手を攻めて謝らせるかを目的にしているようなところがありますが、本来互いの意見を出し合い、互いに自身の誤りを認め、その解決策を模索することこそが問題解決の道ではないでしょうか?
尖閣諸島の問題でも、先日の北方領土の問題でも、日本は問題を定義しているだけで、きちんとした交渉をするわけでもなく、マスコミがワイのワイの騒いでいるだけ。
それぞれ日本の領土である理由を全世界に発して日本の主張が正しいことを認めさせることが重要です。
例えば尖閣諸島の所有権を主張している先日デモを起こした中国人にまずかれらの意見を聞き、日本の主張を説明し、それでもお互い納得できなければもう一度話し合うという国同士ではなく、国民との意見交換を持ち出し、中国国内からあれは日本の物だと言わせる工夫をしなければならないのではないでしょうか?