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Sionです目ラブラブ

 

 

今日は少し、「魂」の話をしてみようと思います虹

 

 

2011年11月、ブータン王国のワンチュク国王が、東日本大震災の被災地である福島県相馬市を訪れ、日本の子どもたちに「龍」についてお話しされたことがありました。

 

 

ブータンは「雷龍の国」と呼ばれ、龍は国の象徴でもあります。

 

 

国王は、子どもたちにこのようなお話をされました。

 

龍は何を食べて大きくなるのか。

龍は「経験」を食べて、大きく強く成長していく。

 

そして、私たち一人ひとりの中には、「人格」という名の龍が存在しているのだと。

その龍を大切に養い、鍛えていくこと。


わがままを抑え、自分の感情をきちんとコントロールして生きていくことが大切なのだと語られています。

 

私はこのお話が、とても好きです💕

 

 

日本にも、日本列島そのものを龍の姿に見立てたり、日本人と龍との深いつながりを語ったりする説があります。

 

龍という存在が、これほどまでに人と結びつけて語られてきたのは、なぜなのでしょう。

 

龍については、古くからさまざまな伝承や考え方がありますが、
「経験を積むことで、龍は大きく強くなる」という国王の言葉が、私にはどこかしっくりくるのでした。

 

そして私は、この「龍」を魂に置き換えて考えてみました。

 

すると、ここでもう一つ、魂についてお話ししておきたいことがあります。

それが「カルマ」です。

 

 

私は昔、このように学んだことがあります。

 

 

人はさまざまな経験をしながら魂を成長させていき、生まれ変わるときには、まだ学び終えていないことや不完全な部分を「課題(カルマ)」として持って生まれてくる。

 

依存、怒り、執着、支配欲なども、その一つと考えられます。

人によって持って生まれた課題は違い、その深さも違う。

 

それぞれの魂にはそれぞれのカリキュラムがあるのだということです。

 

 

そして、神様に愛され、神様と何かを約束して生まれてきた人ほど、試練の多い人生を歩むことがある、という興味深い話も耳にしたことがあります。

 

 

 

だとすれば、「苦労が多い人は、カルマが重い人」と単純に考えることはできません。

 

 

何かを学ぶため、誰かに何かを伝えるため、何かを成し遂げるため。

そのために、多くの経験を必要としている魂もあるということになります。

 

 

だから、

「あの人は幸せそうなのに、どうして私はこんなに大変なんだろう」

そう思うことがあっても、人と比べる必要はないのです。

 

だって、持って生まれたカリキュラムが違うのですからニコニコ

 

 

ここで、最初にお話ししたブータン国王の「自分の中にいる龍」という話に戻りますが、私が神媒師(霊媒)としての修行の中で経験した、忘れられない出来事があります。

 

 

それはまだ、龍神を召喚する前のことです。

 

 

いつものように、母様の審神者(さにわ/霊媒を導き、降りてくる存在を見極める役)のもと、その頃は太鼓のリズムに乗せながら霊媒の領域(トランス状態に入ること)へと誘導されているとき、私の中にいた白龍が、稲光とともに地から現れ、力強く天へ向かって昇っていくのが視えたのです。

 

 

あとから思えば、あれは私の龍が龍神界へ昇っていく姿だった。
私が役目を果たすために必要なことだったのだと思います。

 

 

 

 

そしてその数日後に、私は富士龍王を守護龍として召喚したのです。

 

 

ブータン国王が語られた「自分の中にいる龍」の話を知ったとき、私は、あのとき白龍が昇っていった光景を思い出しました。

 

 

こうして神媒師となり、多くの方のご相談を受けるようになりました。
神仏や霊的な存在から受け取ったことをお伝えする橋渡し役として、その方々が抱える悩みや人生に向き合う中で、更に理解できたことがあります。

 

 

それは、私が幼少期から経験してきた、たくさんの苦労の意味です。

 

親の暴言や暴力、借金による貧困など、このブログだけでは書ききれないほど、これまでの人生には辛い経験がたくさんありました。

 

「なぜ私は、こんな経験をしなければならなかったのだろう」

そう思ったことが何度もあります。

 

 

けれど今は、自分が痛みを知らなければ分からなかったこと、苦しんだからこそ理解できること、経験したからこそ人に伝えられること、その一つひとつが、今の私につながっていることが分かります。

 

 

「あぁ、だから私は、あの経験をしてきたのか」

そう思えたとき、それまでただ辛く悲しいだけだった過去の出来事や経験にも、ちゃんと意味があったのだと分かりました。

 

 

 

 

前回のブログでは、

 

というお話を書きました。

 

人との出会いも、人生に起こる出来事も、すべての理由を知ろうとすれば、どこまでも考えることができます。

 

 

けれど、

「私は、この経験から何を学んだのだろう」

「この出会いによって、何に気づいたのだろう」

 

そう考えてみると、答えは案外シンプルで、それが「学び」なのだと思うのです。

 

経験を重ねて魂が成長していくと、物事の本質が見えやすくなり、余計なことに囚われなくなっていく。

 

 

人は、それぞれ違う課題を持ち、違う経験をしながら生きています。

 

私のように自分の中の龍を視るような経験をする人は、ほとんどいないでしょう。

 

けれど、国王が語られた『一人ひとりの中に龍がいる』というお話を、自分自身に重ねてみてください。

 

あなたの龍もまた、何かの役目に向かい、さまざまな経験を糧にしながら、大きく強く育っているのかもしれません。

 

 

 

 

あなたがこれまで経験してきたこと。

嬉しかったことも、
苦しかったことも、
なぜ自分だけが、と思ったことも。

その経験から、あなたは何を学んだのでしょうか。

 

そして今、

あなたの魂は、何を学ぼうとしているのでしょうか。

 

 

最後までお読みくださり、ありがとう存じます赤薔薇