メキシコの社会主義リアリズムの画家(壁画家)、スターリン主義者。ディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンテ・オロスコらとともにメキシコ壁画運動(メキシコ・ルネサンス)を立ち上げた。
とWIKI


まず我々世代に馴染みのない「社会主義リアリスム」「スターリン主義」と単語。
40、50、60、70年代はソ連や赤系の社会主義のあり方に大きな文化的な影響力があった時代であった。スターリンは労働者を描いた文学・絵画・音楽などや科学的なもの以外は認めないという弾圧をし、全体主義を行った。そんな社会主義を賞賛する芸術を「社会主義リアリスム」と呼んだ。
間彰の時代に、今やもう馴染みのない「セクト」という同じイズムを持つ集団の言語観念が存在したことさえ社会主義の影なしには語ることはできないことに気付く。

我々世代はそんなリアリティを持っていない世代なのだ。戦争=敗戦を知らない世代、原爆を知らない世代、いろいろあるだろうけど、冷戦を知らない世代というのは、その時代の文化に惹かれる現代のものとしては、致命的に理解できないその時代の何モノかがあるのかもしれない。日本スケールでない場合WW2よりソ連の方がはるかに大きなことであるし、事実、世界の芸術文化(音楽も含む)をみたときに、中南米諸国、ロシア、東欧は特に革命という観念がリアリスムとしてあったことを理解しなければいけない。メキシコ革命とメキシコの壁画家たちの運動、キューバの革命家たち、ロシアアヴァンギャルドと亡命について。そう虹釜さんが最近出していた「写真亡命論」は大変興味深かったのだが、亡命ということについても考えて行くべきだと思う。



和歌山県立近代美術館の帰りに寄った某大手中古メディア販売店にて、CINEMA CAETANOを奇跡的に発見。大満足の和歌山でした。出会いにサルー。



はっぴいえんど やその影響を受けて後発し続ける日本語ロックのもたらす夕焼け的哀愁を感じてしまいました。

作品のほとんどが自画像というメキシコの女流画家

新婚旅行で行くキューバ・メキシコをとにかく勉強している。
彼女は映画で見て知った。

メキシコとネイティブ・アメリカンの文化的な影響下で、シュルレアリズム的な絵画を制作。
夫ディエゴ・リベラはコミュニストで、トロツキーと妻を家に招待し、彼らへの作品も製作。

メキシコシティの近郊で記念館があるようなので、生で見てみたい。
http://blog.ap.teacup.com/potyomkin/

あびこのロシアンバー『ポチョムキン』にようやくはじめて行けた。
我孫子町周辺は落ちついていて暮らしやすく良い店も多い。が、ロシアんバーは格別素晴らしかった。薔薇や唐辛子、チョコレートを漬け込んだウォッカが沢山ある。東欧の独特な隠れた感じ、もの静かな暗いイメージがバーには、また孤独を愛するものには、素敵すぎる。
中南米の陽気な賑わいとは違う質が備わっていた。当然中南米にも孤独愛は物悲しさとともに存在するのだが、その存在の仕方の差異は大いに魅力的である。

自宅に招待する際には是非皆さんを連れていきたい。
中原昌也は酷い。
STUDIO VOICEの最後の編集長の松村さんの初号での記事。
でもトートロジー的な醜い記事と比べるとはるかに美しい。
是非読んで欲しい。
2009.9月のミニマル特集だったと思う。
大里俊晴さんも寄稿されていた。岸野さんも。