市立函館病院は2024年4月「画像診断管理加算3」を取得した。画像診断管理加算は放射線診断専門医による適切な画像診断体制の確保と、その質の向上を目的として創設された。画像診断管理加算の算定には、放射線科を標榜し、放射線診断専門医が常勤で配置されている必要があるが、これにより適切な知識と経験を持つ専門医による画像診断が行われることが担保される。
病院放射線診断・IVR科は、CT・MRI・RIの画像診断およびIVR(画像診断技術を利用した低侵襲治療)を担当。2023年の読影実績は、CTが2万3774件、MRIが6707件、RIが677件となっている。同科の吉野裕紀主任医長はIVR専門医だが、IVR科ではどのような診療を行っているのだろうか。「IVR科は主に腫瘍・外傷や内視鏡で治療できない消化管出血・喀血などの血管塞栓術、透析シャント不全の血管拡張術、画像下ドレナージ・生検、中心静脈ポート設置等を施行しています」と説明する。
「2024年度の診療報酬改定により、画像診断管理加算は1から4までの4種類に分類され、施設基準を満たし届け出を行った医療施設で、放射線診断専門医が読影を行った場合に算定できます」。
(第91号記事より一部を抜粋)


「画像診断管理加算3を取得したことで、当科の病院経営に対する貢献が
より大きくなりました」と話す放射線診断・IVR科の吉野裕紀主任医長
しばらく歩くと足や腰が痛くなり、しびれてきて歩くのが困難となるが、休むと再び歩けるようになる間欠性跛行(かんけつせいはこう)は、腰部脊柱管狭窄症の特徴的な症状の一つだ。腰部脊柱管狭窄症の外科的治療法は、椎弓切除術や開窓術などによる後方除圧術が行われてきたが、最新デバイスを使用した低侵襲手術として「腰椎制動術」が注目されている。
腰椎制動術を積極的に行っている釧路労災病院脳神経外科部長・末梢神経外科センター長の井須豊彦医師は「腰椎制動術は椎弓や黄色靭帯の切除を行わず、神経を露出しない手術法で、術後は神経損傷を含めた合併症もなく、患者への負担も軽い低侵襲で安全な手術法」と話す。この手術は狭窄部位の棘(きょく)突起間にチタン製のスペーサーを挿入し棘突起間隔を拡大することで、責任椎間の伸展を制限し、局所的な腰椎前屈効果を得ることができるために症状の改善が得られる。井須医師は2021年8月から開始し、これまでに90例の実績がある。腰椎制動術を行っている全国の医療機関は20施設以上あるが、道内で手術実績があるのは釧路労災病院と函館新都市病院の2施設だけだ。
函館新都市病院脳神経外科科長、脊椎・脊髄センター長の渡邊一良医師は井須医師の協力で4症例の手術を行ってきた。痛み・しびれ外来を開設している渡邊医師は「4症例の患者さんの満足度は、いずれも非常に高い」と評価する。ちなみに井須医師が行った90症例については、効果が認められず従来の外科的治療法を追加したのは3症例だけである。
(第91号記事より一部を抜粋)


釧路労災病院の井須豊彦脳神経外科部長・末梢神経外科センター長(写真左)と
函館新都市病院の渡邊一良脳神経外科科長、脊椎・脊髄センター長(写真右)
4月10日、函館・道南の医療・介護の雑誌「メディカルはこだて」第91号が発刊しました。
函館市内の書店で販売中です。



腰部脊柱管狭窄症の新しい低侵襲手術
井須豊彦(釧路労災病院脳神経外科部長,末梢神経外科センター長)
渡邊一良(函館新都市病院脳神経外科科長,脊椎・脊髄センター長)

市立函館病院は「画像診断管理加算3」を取得
吉野裕紀(市立函館病院放射線診断・IVR科主任医長)

糖尿病ケアの専門の知識と技術をもつ糖尿病看護特定認定看護師
木村ルリ子(函館五稜郭病院糖尿病看護室副看護師長)

リノベーションした新店舗へ移転開店
スペイン料理・パエリア専門店「マルモンターニャ」

昭和書房「松井社長」のオススメの本と雑誌
松井靖介(昭和書房代表取締役)

リウマチの専門医として着任。原因不明の関節痛や不明熱にも対応
野村一葉(函館五稜郭病院総合診療科主任医長,リウマチ科主任医長)

市立函館病院は前立腺肥大症に「WAVE」(経尿道的水蒸気治療)治療を開始
日下 歩(市立函館病院泌尿器科主任医長)

函館五稜郭病院はAIを用いた胸部X線対象の医療安全サービスを活用
長﨑 尊(函館五稜郭病院医療部放射線科診療放射線技師)
村越翔太(函館五稜郭病院診療情報管理課係長)

五稜郭ネフロクリニックは1月に外科・肛門外科・漢方外科外来を開設
吉川 徹(五稜郭ネフロクリニック副院長)

VUCA時代に対応し、安全な医療を行うためには
病院に「心理的安全性」の導入が必要
川嶋雄平(市立函館病院小児科主任医長,医療安全管理室室長)

東洋医学の治療院からー自転車のススメ
益井 基(益井東洋治療院院長)

身近な漢方医学の知識 「便秘について」
久保田達也 (久保田内科医院院長)

研究生活日々是好日  「国際交流・ハサヌディン大学」
小熊惠二(介護老人保健施設ゆとりろ医師)

歯列矯正を始める前に知っておきたいこと 〈5〉
古田樹己(ふるた矯正歯科院長)

針金のない矯正治療
大歳祐生(吉田歯科口腔外科)

今こそ『産後ケア』 。すべての母親、女性、その家族へ助産師のケアを
「近くにいます。いつも笑顔で会いに行きます」
小西美雪(にこ助産院)



忙中閑あり。
ちょうど1年前に読んだ「最後のひと」を再読した。
老年の性愛を題材にしたベストセラー「疼くひと」の著者・松井久子さんが、実感を込めて綴る希望の物語が「最後のひと」だ。


最後のひと 松井久子著

「疼くひと」の主人公は唐沢燿子という70歳の女性で、バツイチ独身の脚本家。ストーリーは。そんな彼女が年下男性と恋に落ち、性の抑圧から解放されていく。
この作品を発表した時には賛否両論、大きな反響があった。
「そんな年になってまでみっともない」と松井さんのもとを去っていく友人もいたが、「よくぞ描いてくれた」と賞賛する人も多かったそうだ。
松井さんは「老年の性愛を扱った作品に大きな反響が寄せられるということ自体、性や愛の対象から高齢者が外されていることの証左とも思える」と言う。
「最後のひと」は75歳になった唐沢燿子が86歳の仙崎理一郎を好きになった。
理一郎は市民講座で出会った哲学講師。メールを送ったことから、思わぬ扉が開いた。
映画監督・映画プロデューサーの松井さんは76歳の時、89歳の子安宣邦さんと結婚した。
松井さんは子安さんが定期的に開いている思想史の市民講座に通うようになって知り合い、交際に発展した。松井さんの実経験をベースにしている小説は、正直で生々しい記述もあるがとても読みやすい。
「75歳になって、86歳のひとを好きになって、何が悪いの?」
2007年3月にブログを開設したが、今年の初めにこれまでのトータルアクセス数から計算すると、1日当たり102人が訪問して、183ページを閲覧していたことがわかった。
最近はもっと多いようなので、1月から3月までの3カ月間を調べてみると、1日当たり230人が訪問して、329ページを閲覧していた。
昨日、注文のあったバックナンバーを届けに函館蔦屋書店(函館市石川町)を訪れると、店内の雰囲気が変貌していた。
2カ所あったレジが広場の1カ所だけとなり、中央通路の両脇にある棚は雑誌以外のモノが目立つようになった。
蔦屋書店は本を中心にライフスタイルを提案する書店がコンセプトであるが、函館は「書店」のイメージがどんどん薄くなっていくようだ。
さらにショックだったのは、小誌(メディカルはこだて)も含めて、医療関連の本と雑誌は中央通路の棚からスターバックス側の一番奥の窓際へと追いやられてしまったこと。
函館は特に本や雑誌が売れないから、変貌せざるを得ないのだろう。
20日、ホテルテトラ会長の三浦孝司さんが、膵頭部がんのため死去した。
三浦さんは1986年、父が創業したホテルテトラの2代目社長に就任。当時は函館市内の1ホテルだけの経営だったが、後継者不足などに悩む道内外ホテルの運営を引き継ぐなどして事業を拡大。現在は道内のほか、青森県から福岡県まで26のホテルを運営している。
20年以上前になるが、三浦さんに会って話をしたことがある。交換した三浦さんの名刺はホテルのフロントで掲示すると割引されるので、札幌のホテルで何度か利用した。

膵臓は胃の後ろに位置している長さ20㎝、厚さ2㎝ほどの細長い形をした臓器で、食物の消化を助ける膵液をつくり分泌する外分泌機能と、血糖値の調節をするインスリンなどのホルモンをつくり分泌する内分泌機能の2つの役割がある。
膵臓は、膵頭部(すいとうぶ)、膵体部(すいたいぶ)、膵尾部(すいびぶ)の3つの部位に分けられ、がんが発生する部位としては、十二指腸に近い膵頭部がもっとも多い。また膵臓がんの多くは膵管に発生する。悪性度が高く、早期発見が難しいことから治療成績は悪い。5年生存率も他のがんと比べて著しく低い。

膵臓がんの検査について、函館五稜郭病院消化器内科の井上宏之主任医長に話を聞いたことがある。
井上医師は三重大学出身。同大学消化器肝臓内科で胆膵診療を専門に行ってきた。
膵臓がんは、まず危険因子を知ることが大切だと井上医師は話す。「危険因子は家族歴が膵臓がんや遺伝性膵がん症候群。合併症疾患として、糖尿病、肥満、慢性膵炎、遺伝性膵炎、膵管内乳頭腫瘍。喫煙と飲酒などが挙げられます。家族歴は、第一度近親者(親、兄弟、子)に膵がんの患者がいる場合、1人いれば4.6倍、2人では6.4倍、3人では32倍のリスクがあるといわれています」
胃の裏に位置する膵臓はがんが見つかりにくい。ステージは7段階に分類されていて、がんの大きさや周囲への広がり、リンパ節や他の臓器への転移の有無によって決まる。
「がんの大きさが2㎝以下で膵臓内に限局し、リンパ節への転移もないステージ1でも完治は難しいです。5年生存率が高いのは1㎝未満で、がんが膵管の上皮内にとどまっているステージ0の1㎝未満で見つけることが重要です」
膵臓がんの疑いがある場合はさまざまな検査が行われる。まず行われるのは腫瘍マーカーと画像診断検査。膵臓がんの腫瘍マーカーは精度が低い。
腹部超音波検査は膵臓が胃の裏側に位置することや消化管のガスの影響で見えづらいことがある。通常のCT検査では分からないステージ0のがんについては、「造影剤を急速注入して行うダイナミックCTや、膵管のわずかな変化もわかるMRI検査が有用です」
MRCP(膵胆管MRI検査)はMRI装置を用いて膵管と胆嚢や胆管を同時に描出する検査だ。「膵臓の嚢胞性病変や膵臓がんの発症母地である膵管の評価に優れていて、胆石や胆管結石など胆道の評価も可能です。身体の負担が少ないためスクリーニング検査として有用です」
超音波内視鏡検査(EUSーFNA)は、口の中から超音波内視鏡を入れて、カメラの先から胃の壁越しに針を刺して細胞を取る。「確定診断のために行いますが、病変が固まりのないものでないと針を刺すことができないので、対象はステージ1以上です。ステージ0の場合、胆管や膵管の造影検査をし、膵液を採取して細胞を調べる検査をして診断をします」
ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)は特殊な内視鏡を使用する。「十二指腸から膵管や胆道に造影剤を注入し、カテーテルを挿入することで胆管や膵管を造影する手技です。膵液、胆汁を採取し細胞診断することができます」
膵臓は非常に微妙な臓器だ。「膵管に直接造影剤を入れることで、一定の割合で膵炎が起こることがあります。そのためERCPを実施する際には注意が必要です」
内視鏡を用いるEUSーFNAとERCPは、消化器内科の胆膵を専門とする医師の高い技術が求められると井上医師は語る。「膵臓がんの5年生存率を高めるためには、がんをごく小さい段階で発見することが重要です。危険因子がある場合には積極的に検診を受けることを勧めます」

半世紀も前に書かれた有吉佐和子さんの小説「青い壺」が、累計70万部を超えるベストセラーになっている。書店から姿を消していたが、2011年に復刊されてから10年以上を経て、増刷を続けている。
話題のきっかけとなったのは小説家・原田ひ香さんの「こんな小説を書くのが私の夢です」という文庫帯のコメントだった。その後、NHK「おはよう日本」で特集が放送されると、全国の書店で完売が続出するなど、大きな話題となった。
無名の陶芸家が生み出した美しい青磁の壺をめぐる13の連作短編集である。シングルマザーの苦悩、すれ違う夫婦、人間の奥深くに巣食うドロドロした心理を小気味よく、鮮やかに描き出す絶品の13話がどれも魅力的だ。


青い壺 有吉佐和子著

原田さんは文庫の帯で次のように語っている。「有吉佐和子作品との出会いは、中学生の頃。『悪女について』を読み、あまりの面白さに虜になりました。次に見つけたのが『青い壺』です。悪女の代わりに青い壺が人に近づき、人生に変化をもたらします。陶芸家、定年後の夫婦、道ならぬ恋を匂わせる男女、相続争いする人々・・・さまざまな人の間を壺はめぐ理、さらには遠いスペインまで行きます。各話ごとに工夫が凝らされ、すべての人物の心理と生活に説得力がある。こんな小説を書くのが私の夢です」
第一話は、陶芸家の省造が、その日に窯出しをした一つが思いもかけず出色のできばえに仕上がった。省造は30年青磁を焼いてきたが、これほど美しい色が出せたのは初めてだと感じ入り、惚れ惚れとする。
その青い壺は省造の不在中に妻が勝手にデパートの美術担当者に売り渡してしまった。 第二話は定年後、家でぼんやりする夫の寅三を持てあました妻は、世話になった副社長へのお礼にデパートで青い壺を買い、寅三に持たせた。寅三は壺を渡し、副社長室を出ると、半年前まで勤務していた庶務課の部屋にすっと入って行った。寅三の後任は恰度入れ違いにエレベーターで専務の部屋に行ったところだった。その空席に寅三は腰をおろし、伝票の束をひき寄せると、右手で印を取り、伝票をゆっくりめくりながら判を押し始めた。十二時きっかりに寅三は立ち上がり、地下の食堂まで降り、入口で盆を持って並んだ。食後は屋上で習慣だった柔軟体操を始めた。寅三は屋上の金網に向かって、ゆるやかに両手を前に上げ、やがて頭上に伸ばし、弧を描いて両脇に下した。いつまでも、いつまでも同じ運動を続けていた。くたびれた男の悲哀やもの悲しさ、寂しさが美しい青い壺とは対照的だ。
最終の第十三話。省造は青い壺と劇的な再会を果たした。高名な美術評論家である園田を訪ねた省造は、園田がバルセロナの骨董屋で手に入れた青磁の壺を見せられる。園田は言う。「うむ。名品だよ。南栄浙江省の竜泉窯だね。十二世紀でも初頭の作品だろう。南栄官窯は貫入が多いのが特徴だが、竜泉窯には入(にゅう)がない」。省造は声も出なかった。あの壺だ、これは。どうして、あの壺がスペインまで行っていたのだろう。見れば見るほど、自分が焼いた壺に間違いがなかった。「せ、先生。この壺は、ぼ、僕が焼いたものです」。しかし、園田は省造の作品とは認めず追い返した。省造は青い壺が十余年間、割れもせず、怪我もせずに巡りあえたことを喜ぶべきだと心を落ち着かせた。この省造の心境が青い壺をさらに美しくする。


JR新函館北斗駅前の市観光交流センター別館「ほっくる」内の土産店「高砂屋 金沢」が15日、約1カ月ぶりに営業を再開する。
運営会社の自己破産申請で休業していたが、函館市の土産品卸売業「不二屋本店」が営業を引き継ぐ。
「高砂屋 金沢」は、函館市の老舗印刷業、辻商事が函館空港内の土産店とともに運営していたが、同社は2月上旬に自己破産を申請し、事業を停止した。
ほっくる内の土産物店は、同店と、地元商品を中心に取り扱うアンテナショップ「ほっとマルシェおがーる」の計2店。
大型連休を前に市の中心的な観光施設の店舗が休業していることを懸念した北斗市などが、高砂屋に商品を納品していた不二屋本店に、店舗継承を打診した。
同社は「多くの観光客が通る場所を空けたままにするのは忍びない。にぎわい作りなどに貢献できれば」と話している。
(北海道新聞3月15日)
医療ノンフィクションとしては異例のベストセラーになっている「透析を止めた日」(講談社)の読後感は重たくも爽快だった。多くの人が高く評価している渾身の力作だ。
腎臓は体内の水分やミネラルのバランスを保ち、体内で発生する老廃物を尿中に捨て、骨を健康に保つホルモンや、貧血を改善するホルモンを産生している重要な臓器である。この臓器の機能が低下し(腎不全)、進行すると尿毒症と言われる状態になり、命の危険が及ぶこともある。これに対する根本的な治療は腎移植だが、移植以外の治療手段として一般的に行われているのが血液透析と腹膜透析の透析療法となる。 
「透析を止めた日」の著者でノンフィクション作家の堀川惠子さんの夫は、元NHKプロデューサーの林新(あらた)氏。かつては堀川さんの仕事上のライバルでもあった。林さんは多発性嚢胞腎(のうほうじん)を発症し、38歳から12年間、激務の間に血液透析を受け続けてきたが、母親からの腎移植で9年間透析を免れる。しかし59歳のとき再び血液透析に戻り、病状が悪化。命をつなぐための透析が、林さんの身体を芯から痛みつけた。


「透析を止めた日」 堀川惠子著

亡くなる17日前。透析を終えた林さんは主治医の回診を待ち構えていた。「先生、もう、透析はいいです。そろそろ楽になりたい」。そして、亡くなる前の7日間の痛みと苦しみは壮絶だった、「私は仕事柄、死の現場がいかに厳しいものかは理解しているつもりだ。だが、もう数日で死ぬと分かっている患者を、とことん苦しませたうえでしか対処できないと言うのなら、緩和ケアは何のためにあるのだろう。林はベッドの上で身動きもできず、ただ唸りながら痛みに耐えている。これはひとつの人生の幕を下ろすために、本当に必要な痛みなのか。私はこのときほど、安楽死の実現を心から望んだことはない」
「夜になると足先の痛みがどんどん増していた。足の指先が黒ずんで壊疽が進み、肉が腐るような強烈な臭いが室内に漂い始めた。『人生で、こんなに痛いことはなかったほど痛いよ』。林は声にならぬ声で訴えた。林は人生最大の苦痛に悶絶し、私は人生最大の心の痛みに慟哭した、この晩は、文字通り生き地獄だった」
日本透析医学会によると、2022年末の透析患者数は全国で34万7474人(北海道は1万6267人)。透析患者には手厚い医療制度が用意され、福祉制度の面でも優遇されている。透析の医療費の総額は年間1兆6000億円という巨大な医療ビジネス市場が形成されているが、そのビジネス市場から外れる「透析を止める」という選択肢の先には、まともな出口が用意されていないと堀川さんは指摘する。
「体調が悪化し、座位を保てなくなって通院ができなくなると、患者は頼みの綱だった透析クリニックから切り離される。透析の中止によって引き起こされる症状は尿毒症をはじめ多岐にわたるが、その苦痛は溺れるような苦しみとも言われ、筆舌に尽くしがたい。突然死でない限り、透析患者の死は酷い苦しみを伴う。当然、緩和ケアの必要性が問われるところだ」。しかし、日本の緩和ケアの対象は保険診療上、がん、後天性免疫不全症候群(エイズ)、末期心不全に限定されている。 「死が目前に差し迫る透析患者であっても、ホスピスに入ることはできない。患者も、家族も緩和ケアの現場から見放されている。W HO(世界保健機関)は、病の種類を問わず、終末期のあらゆる患者に緩和ケアを受ける権利を解いているが、日本ではそうなっていない。世界的に見ても、異例の状態が続いている」
本書は堀川さんが透析患者の、ことに終末期に生じる問題について、患者の家族の立場から思索を深め、国の医療政策に小さな一石を投じようとするものだ。本書の前半は堀川さんが林さんのそばでリアルタイムで綴った記録と病院のカルテとを付き合わせながら詳細を書き記した。これから透析をする可能性がある人、すでに透析を受けている人、腎臓移植をした人、透析を終える時期が見えてきた人、その家族や関係者には大いに参考になるはずだ。後半では終末期の透析患者をめぐる諸問題について、学会に足を運び、優れた医療を実践している医師を訪ね歩きながら、今後のあるべき透析医療のかたちを展望する。
文章力に脱帽した。堀川さんは、広島テレビの記者やデスクを経てフリーとしてドキュメンタリー制作やノンフィクション執筆に取り組んできた。死刑制度をテーマにした作品、「死刑の基準『永山裁判』が遺したもの」で講談社ノンフィクション賞、「裁かれた命 死刑囚から届いた手紙」で新潮ドキュメント賞。また引き取り手のない原爆犠牲者の遺骨約7万柱がまつられた広島の平和記念公園の原爆供養塔に光を当てた「原爆供養塔忘れられた遺骨の70年」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなどノンフィクション三賞すべてを異なる作品で受賞している。
今年2月17日、衆議院第二議員会館では上川陽子元外務大臣らが呼びかけ人となり、「腎疾患を軸に医療の未来を拓く会」の第1回会合が開かれた。透析患者の終末期における最期の意思決定や治療を中止した後の痛みのケアのあり方などに関して、意見交換が初めて行われたが、会合では堀川さんが自身の経験を語った。堀川さんが世に送り出した1冊が終末期の透析患者が安心して命を閉じられる第一歩となってほしい。