人は、なんだかんだ言っても自分で経験したこと以上のことはできないもんですよ。

だから、誰かに相談する時には、自分が置かれている状況とまったく同じ条件の人に相談することでしか、本当の意味での答えは期待できないんじゃないかな。


そりゃ、ただ話を聞いてもらうだけで安心するとか、何でもいいから自分を正当化して欲しいいとか、人それぞれ、他人に相談するときに求めるものは違っているかもしれない。


でも、それって単なる現実逃避の一種なんじゃないかなって。

とにかく、自分の求めている回答や反応を、他人に求めているにすぎないんですよ。


だから、誰かに相談をしたときに、自分の求めているものと異なる対応をされた場合、相談した相手に対してちょっとした嫌悪感を抱いてしまうこともあるかと思います。


だけど、人ってのはそれぞれまったく異なる価値観で生きているわけだから、考えていることもぜんぜん違う。

それに、自分で経験したことでもない限り、人から相談を受けたとしても、自分を相手と同じ状況に置いて考えようとしているだけ、結局は、疑似体験で答えを出しているんじゃないかな。


冒頭で書いたように、誰かに相談する時には、自分が置かれている状況とまったく同じ条件の人に相談することでしか、本当の意味での答えは期待できないんだけれども、たとえ自分と同じ状況に置かれている人がいたとしても、人それぞれ考え方が違うんだから、自分が望んでいる答えを他人に臨んだとしても、到底無理なんだと思います。


それって、きっと誰でも気づいていることで、だからこそ、人から相談を受けたとしても、大体が無難な答えだったり、一般的に考えて相手が喜ぶような答えしか出さないんですよね。


そんなことが続いていたとしても、ごく稀に、疑似体験とかに関係なく、きちんと自分の意見を伝えてくれる人もいます。

僕自身も、初めのうちは、自分が求めている回答を用意してくれない人に対して嫌悪感を抱いてしまうタイプの人間でした。

でも、はっきり想いを伝えてくれる人こそ、本当に自分にとって必要な人なんだなって気付けた様な気がします。


だからといって人の答えをそのまま鵜呑みにするんじゃなくて、参考程度にとどめながら、自分の価値観を広げるために利用していけばいいんじゃないですかね。


結局、決めるのは自分なんですから。

このブログは、自分自身の素性を誰にも知られずに書いています。

でも、中には誰が書いているのかが明らかにわかるような形でブログを書いている人もいます。


どうして自分の素性を明かさないかというと、他人に見せている自分と、一人でいる自分に大きなギャップがあるから。

嘘つきってのもあるけどね(笑)


だから、普段は人前では言えなかったり、できなかったりすることを、このブログを通じて書いていこうって考えたのが、ブログを始めたきっかけです。


最近は、下宿先から実家に戻ってきているので、就職が決まらず両親もあきれ果てているのが目に見えるし、こんな自分に嫌気がさしているのもあるしで、大分鬱憤が溜まっているので、更新が不定期ながらも、多くなるんじゃないかと思ってます。


って、これじゃ単なる愚痴ノートじゃん(笑)

ついに、結果待ちの会社から不採用通知が来てしまった。

最終面接に進んだ会社は2社だったけど、両方とも撃沈しました。


昨年の失敗を何にも活かせないまま就職留年を決意し、自分なりには必死に頑張ったつもりだったけど、やっぱりダメでした。


ここまで来ると、要するに、「あなたは社会に必要ない人間です。」と言われているような気がしてくる。

結局は、会社にとってどれだけ利益を出せるかってことが面接で見られているわけであって、その面接を通過できないということは、利益を生み出せない人間と判断されていることなんじゃないかな。


正直言って、今までこんなに苦労したのは初めての経験で、本当にどん底の精神状態が続いている。


今後、就職活動や公務員試験に向けて勉強しようとしても、何にもやる気が起きない。


大学院に進学したとしても、結局はまた就職活動やらを始めなきゃいけないわけで、逃げられない現実が迫ってくるだけですよね。


留年費用を出してもらった両親にも申し訳がないし…、生きていくって、本当に大変なことなんですね。。