落語のバレ噺の軽めなやつに、こんな噺もあります。

金玉医者(きんたまいしゃ)

甘井ようかんという医者
 飯炊き兼助手の権助と二人暮らしだが、
腕の方はまるっきりヤブだということが知れ渡ってしまっているので、
近所ではかかりに来る患者は一人もいない。
 権助にも、「誰でも命は惜しかんべえ」と馬鹿にされる始末。  
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 これでは干上がってしまうと一計を案じ、権助に毎日玄関で
「日本橋の越後屋ですが、先生の御高名を承ってお願いに」などと、
景気のいい芝居をさせ、
 はやっているふりをして近所の気を引こうとするのだが、
口の減らない権助が、人殺しの手伝いをするようで気が引けるのだの
「越後屋ですが、先月の勘定をまだもらわねえ」などと大きな声で
言うので、先生、頭を抱えている。 

 そんなある日、八丁堀の大店・伊勢屋方から、娘が病気なので往診を
お願いしたいと使いが来る。
 今度は正真正銘本物、礼金はたんまりと、ようかん先生勇み立ち、
権助を連れて、もったいぶった顔で伊勢屋に乗り込む。

 ところが、いざ脈を取る段になると、娘の手と猫の手を間違えたり
するので、だんなも眉に唾を付け始める。

 娘は気鬱の病で、十八という、箸が転んでもおかしい年頃なのに、
ふさぎこんで寝ているばかり。
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 ところが不思議や、ようかん先生が毎日通いだしてからというもの、
初めに怪しげな薬を一服与えて、後は脈をみるとさっさと帰ってしまう
だけなのに、娘の容体が日に日によくなってきたようなので、
旦那は不思議に思って、どんな治療をしているのか尋ねてみると、
答えがふるっている。

「病人は、薬ばかり与えても仕方がない。ことにお宅の娘さんは気の病。
これには、おかしがらせて気を引き立てる。これが一番」

 何と立て膝をして、女が普段見慣れない金玉をチラチラ見せるという。
だんな、仰天したが、現に治りかけているので、
 それでは仕上げはおやじの自分がと、帰ると早速「これ娘や、ちょっと
下を見てごらん」
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 ひょいと見ると、普段先生は半分しか見せないのに、
今日はおとっつぁんがブラリと丸ごとさらけ出しているから、
娘は笑った拍子にアゴを外してしまった。


「先生、大変です。これこれで、娘がアゴを・・・」
「なに、全部出した?そりゃ、薬が効きすぎた・・・」

《うんちく・・・!》

エロ味を消した改作
今でこそ、この程度は他愛ない部類ですが、戦前は検閲も厳しく、
師匠方はアブナい部分をごまかそうと四苦八苦したようです。
 たとえば、四代目柳家小さんは、前半の権助とのやり取りで切り、
「藪医者」と題しました。五代目小さんもこれに倣っています。
その他、「顔の医者」と題して、百面相をしてみせるやり方もよくあり、
現在でも、この演出が多くなっています。
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《無筆だった? ようかん先生》
 明治の三代目小さんは「皺め」の題名で演じましたが、
その前に、源さんなる患者がやってきて、
 医者と滑稽なやり取りをする場面を付けています。

 ようかん(交易)先生は按摩上がりで字が読めないので、
絵で薬の上書きを付けているという設定で、チンが焚火を見て
ほえている絵だから「陳皮」、蚊が十匹いて、狐がいるから
「葛根湯(かっこんとう)という具合。

 明治九年一月、医師が免許制になるまで、いかにひどい代物が
横行していたかが分かります。

 五代目小さんもこれを短くし、マクラに使っていました。

師匠方の敬称は略させて頂きました。
参考・引用:
「落語家はなぜ噺を忘れないのか 柳家 花緑 (角川SSC新書)」
「新宿末広亭のネタ帳 長井 好弘 (アスペクト)」
「落語のあらすじ 千字寄席」
「落語のあらすじ 千字寄席」
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/07/post_5eb9.html