半導体工場と水の確保
 

 

   2月20日、世界最大手の半導体受託工場「台湾積体電路製造」(TSMC)の第1工場が完成した。
   その影響で地域の不動産価格が高騰し、人材不足から賃金の急騰というバブルのような状況が起きている。
   その一方で、住民の心配は100万人が飲み水とする地下水の枯渇や汚染だ。
   
●日量8500トン
   半導体製造では大量の水が使われる。微細化した回路には、どんなちりの付着も許されない。材料を極限まで不純物を除いた「超純水」で工程ごとに洗浄することで品質を保つ。
   
   TSMCの子会社JASMはこの水を地下水に頼っている。
   一方、同じ水を、白川中流域の菊陽街や大津町、下流の熊本市など、熊本地域11市町村の約100万人が飲み水として利用している。
   
   そのため、工場の大量取水には注目が集まる。
   2022年、日量1万2千トンが当初計画として発表されると、水位低下や枯渇、地下水の汚染への不安が広がった。
   議会でも「地下水に影響はないか」との質問が繰り返された。
   
   JASMは昨年9月、日量8500トンの地下水採取許可を県から受け、水の再利用率を75%に引き上げ、取水量の3割削減を図った。
   
●水を田に戻す
   さらにJASMが行ったのが、休耕期の田に水を張る「灌水」で水を地下に浸透させ、使った以上の水を戻す対策だ。これを「地下水涵養」という。
   
   JASMは昨年5月に地元農家と協定を結び、11月~3月までの灌水に対し、企業から協力金が農家に支払われる仕組みを作った。
   
   その結果、初めてこの冬に取り組んだ大津町の瀬田地区では、協力金は涵養量1トン当たり3.7円。裏作やサトイモを育てた方が収入が多い。あぜや水量を管理する手間も増える。
   農家からは「なぜTSMCために」という声も上がる。
   
   それでも地域のまとめ役の担当者は
「何度も話し合い『とにかく熊本の地下水を守るため』ということで合意できた」と言う。

●水不足は起きるのか?
   この地域の地下水を研究する東海大の市川勉名誉教授は
「TSMC1社なら問題はない。しかし、多くの関連企業が取水を始め、道路拡張が進んで地域全体が都市化すれば広大な涵養域がつぶれることになる」

   こうした状況に対し、昨年10月、県は地下水保全条例に基づく指針を改定。従来は取水量の1割だったが、新たに取水する事業者には100%の涵養を義務づけた。
   
   さらに地下水以外の水源として、ダムで確保していた工業用水なども整備する方針だ。
   
●水の安全性
   チッソの工場排水により「水俣病」を引き起こした熊本県では、もともと工業排水への警戒感が強い。
   
   TSMCの進出で住民が注目しているのが有機フッ素化合物「PFAS」(ピーファス)だ。分解しにくい性質から「永遠の化学物資」とも呼ばれる。
   
   国が有毒性を指摘したPFOS、PFOAの合計値が熊本市内2カ所の井戸水で国の暫定指針値を超えて検出されたものの、現在のところ、排出源は特定されていない。
   
●今後の取り組み
   県は今後、規制物質以外の監視を独自に進める方針だ。
   一方、TSMC側も情報公開や地域参加を進める意向を示している。
   
   熊本県は広大な地域が阿蘇の恵みを受け、水が豊富だ。
   今回のTSMC進出を後押したのも、この水だ。
   
   だが、住民の飲み水に量や質の点で影響が出ることないよう、今後は企業、県のいずれも最大限の配慮をもって、必要な対策を講じてもらいたい。
   
   周回遅れと言われる日本の半導体開発において、国内に生産拠点をもつ意義は大きい。
   それだけに、今後は地元の理解を十分に得た上での生産拡大を望む。