問題が起きて、不安に飲み込まれそうになる時。
私はまず、恐れの反射に一拍クッションを置く練習から始めました。

恐れの感情がガーッと押し寄せてきたら、
楽譜の休符を自分の心に置くようなイメージで、
あえて一度「無音」をつくります。

指揮者はタクトを振り続けている。
でも、すぐには音を鳴らさない。
ただ、指揮者のタクトだけに集中する時間をつくるのです。

私は小学生の頃にピアノを習っていたので、
このイメージが、ある朝のひとり時間にふっと降りてきました。
私にとっては、とても大切なギフトです。

たとえば、

怖い!
嫌だ!
は?何それ?

そんな感情が湧いた時、
そのまま相手に投げるのではなく、まず一拍置く。

そして、自分をオーケストラの舞台に立たせて、
いったん演奏を止めるイメージをします。

指揮者が次の合図を出すまで、
もう一度楽譜を見て、
全体の空気を感じて、
呼吸を整えて、
私の楽器、私の音にだけ集中する。

そんな感覚です。

この練習の舞台は、いつも音楽とは限りません。
森林の中をイメージする日もあるし、
広い草原を駆ける馬のような感覚になる日もあります。

その時の自分にとって、
いちばん心が落ち着き、整っていく世界を選びます。

けれど、
一拍置いてもなお、気持ちがおさまらない時もあります。

やっぱり怖い
やっぱり苦しい
この感情をまだ抱えきれない

そんな時は、無理に蓋をしません。

それでも尚、私がベートーヴェンの『運命』を演奏したいと思うなら、
場所を変えて、その曲を頭の中で流しながら走ったり、
ノートに今の気持ちを全部書き出したりして、
その熱量を外へ解放してあげます。

心の中に溜まったエネルギーを、
ちゃんと動かして、流して、軽くしてあげる。

恐れをなかったことにするのではなく、
暴れたがっている感情に、別の出口を用意してあげる感覚です。

私は、自分の心を芸術的にコントロールすることが好きです。

恐れを消そうとするのではなく、
恐れに飲み込まれないように、
自分の内側に「間」をつくってあげること。

そして、どうしても大きな音で鳴らしたい感情がある時には、
安全な場所で、その音をちゃんと響かせてあげること。

休符を置く練習。
そして、解放する選択。

イメージはいつも自由に、遊び心を忘れずに。
音楽でも、森でも、草原でも、その時の自分が心地よくなれる世界で大丈夫。

大切なのは、恐れに飲まれたまま固まるのではなく、
自分で自分の心と体を動かしてあげること。