“妻”も“母親”もやめることができたなら。


最近、強くそう思うことがあり、

息子の前ではうまく笑えなくなり、

旦那とは話さなくなりました。


息子は、支援級と普通級を行き来しながら、毎日学校でたくさんのことを頑張っている。


分かっているよ。

ちゃんと分かっている。


でも、最近は何か少しでも話すと、すぐ機嫌を損ねてしまうよね。

もう、なんて声をかければいいのか分からなくなって、結構疲れちゃった。


幼稚園の時までは、特性への対応にとにかく必死で、

入学してからはとにかく楽しく登校してくれたらいいなと思っていたら、

「支援級で良かった」。

そう言ってくれて、その選択が間違っていなかったこと、とても嬉しかったよ。


でも、沢山の成長と共にまた、新たな課題も増えていく。


「平均を求めようとしないで下さい」。


発達テストを行ってくれた医師の言葉を思い出す。


でもやっぱり、

少しでも、“普通の子育て”を夢見てしまうんだ。

“普通”って何なのか上手く言えないし、

期待とか、押し付けとか、親の自己満かもしれないけれど。


少し前までは、子育て関連のものやASD・発達性協調運動障害の本や記事を沢山読みました。


“特性を理解して”、“〜してあげて”、

“お母さんの不安は子供に伝わります”

“ママの笑顔が一番”…。


子育てに正解なんてないと言うけれど、

色んなことに対応しながらも母親がどんどん追いつめられていくような気持ちになる中で、

どうやって笑顔でいられるの?

この不安は、どこに隠せばいいの?

市の相談などにも行ったけど、モヤモヤは晴れない。


本来なら一番理解していてほしい旦那は、

一番理解出来ていない。


義母が昔、旦那の当時の担任だった先生から旦那の特性を指摘された話。

義母は否定したそうですが、その担任の先生は正直、間違っていなかったと思います。


旦那とは話しは出来るけれど、

話し合いは出来ない。

相談しても、気持ちを伝えても、

紙に書いて分かるように伝えても、

何の答えも返ってこない。


返ってくるのは、

簡単な問いかけや自分に興味あるものに関してだけ。


息子が産まれ、スペクトラムを疑った頃から気が付いた旦那への違和感。


たくさん相談しても、

解決策や対応を考えるのは全部私で、とにかく必死だった。


YouTubeとスマホいじりばかりの食卓が寂しかった私は、

家族の会話を増やそうよと、

重たかった家具の配置も1人で替えたり、

使ってなかったテーブルを引っ張りだして並べてみたりもした。

それに関しても旦那の反応はびっくりするくらい無いに等しかった。

配置変換も虚しく効果無く、すぐに元通りになってしまい、YouTubeばかりで食事が進まない息子にイラ立つ私の目の前で、旦那は食事途中でも黙ってスマホをいじる日々だった。


せめて、息子が寝てから1日の終わりに

「今日はどうだった?」

「今日は大変だったよね」って一言でもあれば私もこんなことにならなかったのかな。


「母親も妻もやめて1人になりたい」、

「なんでいつも何も答えてくれず、次の日おはようとだけ言ってきて何もなかったようにリセットしてしまうのか」…


本心を言葉にして旦那と息子を前にして言ってしまった私。


旦那はここまで言っても何も意見してくることはなく、

翌日、また「おはよう」とだけ言ってきました。


私の中で何かがプツッと切れて、もうこの先は何を言っても無理なのだと分かりました。


息子に関しては、こんな母親で申し訳なかったと思います。

生きづらさを感じさせてしまっているだろうに、毎日学校頑張って、家ではこんなで。


まだ小学生の息子に対して、

自分が最低な母親だと思いながら、息子の幼稚園時代のものを整理していました。

そしたら、私が息子の特性を考えながら自分で絵を書いて作った幼稚園へ行くまでの1日の行動予定表や、

先生とのたくさんのやりとりが記された連絡帳が出てきました。


それらを見たら泣けてきて、

“なんだ、わたし、こんなに頑張っていたじゃない…。”

初めて、自分で自分を心から褒めました。


何も努力しなかった訳ではない。

出来ることは出来る限り、きっとやってきた。


まだ、がんばれる?

自分への問いかけに、

“もう、いいんじゃないかな…”と、自分が答えた。


心の声も、言葉にした声も、届かない。


お姉ちゃんは、

どれだけ心で叫んでいたのだろう。


気付いても、気付かなかったふりをしていた、

分かっていても、何も出来なかった私は、

旦那とさほど変わらないのかもしれない。


全てから離れて、1人になりたい。

住むところも、仕事も何も無くなるけれど。


でもそんな勇気がまだ持てないこと、自分が一番よく分かっています。

学校から帰ってくる時、帽子を斜めにかぶりながら猛ダッシュで家に向かってくる息子の姿が愛おしい事とか。

今日は寒いからと、会話もないのに夕飯はみんなで食べる鍋にしてしまうこととか…。


1人で空回り、1人で場の空気を乱しているような感じで、苦しくなる。


私がいない方が楽しめるのではないかと、

今度の休日は旦那と息子で出かけることになりました。

初めて行く場所で、息子はどんな反応するのかな。

以前、初めて行った遊びの施設の食堂でお昼ご飯をみんなで食べた事を思い出ました。

息子は大好きなうどんを頼み、私も同じものにしたけれど、

それにのっていた天ぷらが固かった。


「これはちょっと固すぎるよね」って。

文句とかではなく、

息子と私と、そして旦那と。みんなで笑って食べました。


遊園地とかの休憩所に入っている、ごく普通の食堂だったけど、きっと、あのとき幸せだった。


そこで何をしたかよりも、

そこで誰とどう過ごしたのか。

そんな事を思い出し、また泣けました。


あの日に戻れたらと思う事も、もう一度努力する気力もなく、

ただ今日も、出口を探し続けています。