5/5(日)


前回の続きだ。


自分はあれから、自分がわからなくなってしまった。


バイト、サークル、友達には元気で快活な自分を演じ、

恋人には誠実で気楽に愛を囁くキザな自分を演じ、

家族には粗暴でいい加減な自分を演じ、

自分の部屋では今にも泣きそうで常に何かを悩む気の弱い自分がいる


一度、自分と自分のギャップが恐ろしくなってカウンセリングに行ったことがある。

そのときに出てきたのは、ちょっと軽い悩みを抱えた一般男性を演じた自分だった。


本質は虚弱で、いつも何かにビクビクしてて、寂しくて、何かに悩んでて、今にも崩れそうな自分なのに。

自分でさえ、自分を表現できない。


また新しい場所でカウンセリングを受けても結果は同じだろう。

「今日はどうされましたか?」 「ちょっと悩みがあって………」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


通院とともに、休学も勧められた。


高校を休みに休み、大学受験寸前でどうしようか迷っていたころにも勧められたことがある。

当時の自分は、IBS(実際にどうなのかも疑わしい)を患っていて、まともに教室にいられる状態でもなかった。

しかし、それでも”一般世間”のレールから外れない道を選んだ。


何故か


うちは「オカネ」がないからである。


母親は昔から何かとすぐ「オカネ」という言葉を口にした。

呪言のようにそれは今も自分を縛り付けている。


親からすれば、必死に育ててきたのだから何としても素直に育ち、早く大学に行き就職し、自分を助けさせたいはずである。

しかし、自分は一家が用意した幸せになれるはずのルートから滑り落ち、あろうことか唾まで吐きかけようとした。


過去の自分は確かに愛されていた。

過去の母親は確かに自分を愛してくれていた。


でも愛されるはずであった自分はもうとっくに投げ捨てたし、愛してくれるはずだった母親はどこにもいなくなってしまった。


今更レールにしがみついて乗ろうとする気力もないし、もし乗れたとしても蹴り落されるか、自分で落ちる道を選ぶだけだろう。

そんな自分を助けてくれる人はどこにもいないし、誰もいない。


なので、今回は迷っている。


休学すれば間違いなくもうレールには触れることができなくなるだろし、親の大好きな「オカネ」もより減りが早くなるだろう。

そして自分は間違いなく、いなくなる。


どうすればいいんだろうか。


「助けて」 その一言が発せない。