ふとした瞬間に、外の世界の色が鮮やかに見えるときがあって。

それは、なんとなくなのか、本当にそうなのかわからずにいたんだけど。



どうやら、本当に色が鮮やかになるみたい。
検索すると出てくるって、面白い時代だ。



自分の視力も、聴力も、嗅覚も、触覚も、
とても敏感ではあるのだけど。
味覚はあんまりわかんないので、一応除外。


まあ、あまり、そんなことが、何にどうなのか、よくは分からなかったのだけど。



他人と自分の差なんて、自分が認識できる範囲でしわかんないし。


だから、敏感なんだ、デリケートなんだ、とは言うのは、そんなの、自分の傲慢さなのではないかとか思ったりしつつ。


だけど、敏感なんだと思うし、だいぶ繊細な部分があると、自分でしっかりと思うわけであります。

人の雰囲気や、言葉や動きで、なんとなく、人のことをなんとなく、思う。

だけど、他人なんて、何考えてるか、本当のところわかんない。



だから、なんかいいなと思う誰かのことを知りたいと思うし、その人がどんなものを見てるのか、どんな風に見てるのか、教えてほしいなと思う。



まあ、その、なんかいいな、は、自分の何かが反応するんだろうけども。



なもんで、いいなと思わない相手だとしても、教えてくれない気がしたり、共有させてもらえない気がしたり、
その人の当たり前を、わたしも当たり前に思えと言われてる気がすると、まあ、悲しいし、離れたくなるのだなあ。



まあ、だけど、○○な気がする、とは言え、それが気のせいというわけでもなく、事実ということもよくある話で。
確かに自分がそう見てる、と言われて仕舞えばそれまでだけども、だけども、そういう人間も実際にいるよね、というお話。



昔から思うのだけど、同じ信号を見てるからといって、自分が思う赤い信号と、隣の誰かが見てる赤い信号の色って、同じかどうかわかんないもんね。

空の色も、同じ青なのかわかんないもん。

青の表現だって、赤の表現だって、いっぱいあるもん。


だから、知りたいんだなあと思う。


この世界の色って、決まってないから、自分はどんな色を見てるのか、どんな色を見たいのかなあって。


隣のあの人はどうなのかなあ、なんて思ったりするんだなあ。



そんなことあんまりいうと、面倒臭がられることもあったので、密やかにむふむふと、楽しんでおるのでございます。




今日も、お空がきれいです。



さて、今日は何をしようかしら。