せつこさんはじめまして。

 私は、昨年、流産とその後お腹の中で赤ちゃんを亡くすという出来事が続きました。



そうでしたか・・・・

それは、とても悲しくつらい事でしたが仕方のないことですが、夫との気持ちのずれをどうしたらいいのか思い悩んでいます。夫は医師です。いつも冷静であまり感情的になるような人ではありません。流産や赤ちゃんが亡くなったことが分かったときも、残念だけど誰にでも起こりうることだからしかたないね、早く、手術して出したほうがいいね、など教科書に書いてあるようなことばかり言われました。

そうですよね・・・ お察しします。実は、誕生死のケアに携わらせていただいてきて、
難しいなと感じることのひとつは、夫婦(パートナー)間のこうした温度差でした。



ふたりに温度差ができること、悲しみの表出の仕方が違ってくるのは、
自然なことだと思うのですが、その違いや、差をなかなか埋められない・・・

男性の場合、とくにこの国で生きていると、自分の中に湧き上がってくる気持ち、
感情を素直に気づき、受けいれて、表出することが難しい。
しかも、こういう場合、自分が体験者であるにもかかわらず、相手を
支えなくては、頑張らなければ、という意識が強くなる。



せつこさんのパートナーは、医師ですから、きっと、一連の出来事を医学(科学)という
現象論でとらやすいということも、より関係しているのでしょう。

おぎゃーと産声を上げてからが命でありその前に絶えてしまうということは命とは言えないと思うと夫は感じるそうです。

その言葉が本心からのものであれば、なくなっても、生まれてきてくれたわが子という
誕生死(stillbirth)の意識は、それほど深くはないのかもしれません。
たしかにそれの方が、その場は楽なのかもしれませんが、せつこさんの歩み方のほうが、
自然でしょうし、時間はかかるけれど、長い目でみると、より人間的で、強い生き方なの
かもしれません。

いくら話し合っても私の気持ちは理解出来ない。と言われてしまいます。やはり、私自身の問題なのでしょうか・・・

残念ながら、わたしには、こうすればわかってもらえる、というアドバイスはできませんし、
その方法を知りません。



ただ、せつこさんは間違っていません。少なくても、あなたが感じていることは、
あなたにとって真実なんです。



どちらの生命観が正しい、間違っているというのではありません。
「わたしは、こう思う、こう感じる」と、それぞれが、それぞれの思いを大切にしながらも、
お互いを否定せずに、時間はかかっても、お互いの違いを認めあえる。
そんなふうになっていけば、パートナーとの関係は、大きくかわってゆけるでしょう。
そんなに、簡単なことではないのでしょうが・・・・



あなたは、今はまだ、いろいろな意味で自分をせめているのかもしれません。
でも、そういう現実もふくめて、まずは、自分のすべてを受けいてみましょう。
もし、そう感じている自分を少しづつでもいいから、認められるようになってくれば、
もっと、そのままの自分を愛せるようになってゆけば、
少し楽になるっている自分に気づくことでしょう。

それでも、どうしても、だめなとき・・・・
そんなときは、頑張りすぎなくっていいんです。きっと、逃げたっていい・・・・
今の状況が、永遠に続くことはありません。
1日1日、せつこさんが感じることを大切にしながら、歩んでいかれてください。