まめしのさん、投稿してくださり、ありがとうございます。

私は4年前、福島県立の他の病院での医療ミスにより待望の第一子をこの手にだくことはできませんでした。当初ベテラン助産師さんのもと自宅での出産を希望していたため、体重管理(52キロ→59キロ)など日常生活には細心の注意を払い、41週目でその日そ迎えました。しかし、廻旋異常などがみられたため急遽上記病院へ行きましたが、無理な吸引(6回)や帝切オペへの切り替えの遅さなど不手際がかさなり、お腹を開けたときには子宮破裂で産声も上げることなく死産扱いとされました。

そうでしたか・・・

この病院では公立病院という名のもとにあぐらをかいて『命を預かっているという』緊迫感が感じられませんでした。また、医師の説明も最初はミスを認めていたにもかかわらず徐々に保身するような発言に変わったり、カルテ開示を求めると何度もたらい回しにされたり、出産に立ち会っていない助産師からは心無いことを言われたり、子供を無くしただけでもショック状態にあるのに『誠意の無さ』に家族も含め2次的3次的苦痛を味わいました。

そうでしたか・・・ それは本当に、辛い体験でしたね・・・
たしかに、病院は全体として組織を守ろうという感じですよね・・・
そういう表面的な対応って・・・ 違うんだけどな・・・ 
実は、誰も守れてないし・・・ まったく、逆なんですよね・・・

その後、昨年第二子妊娠をしたのですが、21週で子宮口が開いてしまい緊急オペののち1週間の入院を経、22週でお空へと旅立っていきました。

ふたりめのお子さんは、22週で生まれたんですか・・・

オペや病状についての説明など最善を尽くしているという病院側の姿勢や、誠意ある対応(親子3人での対面をさせてくれたり、院内でお別れの儀式をしてくれたり、桐箱入りのへその緒やナンバリングキーホルダーを用意してもらったり…)が得られ、悲しかったけれども十分なことはしてあげられたという満足感を持って退院できました。さらに、できることなら次もこの病院で出産したいと思うことができました。

つらかったけど、十分に悲しむことができたんですね。
お子さんと出会い、家族になることができたんですね。
上のお子さんのこともあったので、さぞ、辛かったでしょうが、そのなかで、
そうやって満足してくださるって、かかわった医療者は、すごく嬉しいことでしょう。
そして、いろいろなことを、感じるていることでしょう。
彼らは、そういう意識はなかったと思いますが、そうやって誠意をつくす姿勢が
結果として、家族、スタッフ、そして、組織をも守ることになっている。
結果は先にありきではなくて、誠意あるプロセスの先にあるんですよね。
まさに、これからの産科がめざす先だと思います。



十分に悲しめる場、家族が出会える場をつくってくれたスタッフに敬意を表したいです。

産婦人科医逮捕の事例は私のものとは違いますが、同じ県の管理化にある病院で不幸な事故(事件)が起こったことは非常に残念でなりません。私の事故(事件)の教訓は生かされなかったのでしょうか。また県は当該病院を含む3病院の産科を閉鎖するということで事態を収拾しようとしているように思えてなりません。

そうですよね・・ そう思いますよね・・・

医者は神様では無いし、命には限りがあるということも理解しているつもりです。ただ患者は事実が知りたいだけなのです。臨終に際して最善を尽くされたかどうかが知りたくて、またそうであったと信じたいのです。その気持ちに医療従事者側がどう応えるかが問われているのだと思います。

まさに、わたしもそう思っています。

本(赤ちゃんの死を前にして)にも書きましたが、産科医になったときには、まったく知らな
かった世界を、まさに、皆さんとの関わりのなかで、たくさん気づかせてもらいました。
そんな皆さんの思いと、子どもたちのことを、医療者だけでなく、広く社会に伝えることが
できれば、そして、それが少しでも伝われば、きっと、何かがかわってくると信じています。
わたしにとって、“伝える”ということは、これまで見守り、見送ってきた子どもたちの
“いのち”が与えてくれている役割なんだろうと思っています。

こう書くと、「重いな~」と、感じるかたもいるでしょうが、そんなことないんですよ。
わたしが何か始めようとすると、いつも、子どもたちは勇気をくれるし、守ってくれる。
不思議と、そんなふうに感じられるんです。
だから、何でも「とりあえず、やってみよっと」って、気持ちになれているんだと思います。

辛い体験を教えてくださって、ありがとうございました。