ご両親はこれまで、先の記事64でも紹介しような、「親の責任はないのか」といった、
数多くの批判を受けてこられたことでしょう。
先日、母親がこの件に関する手記を書いていることを知り、手にとってみました。
「割り箸が脳に刺さったわが子」と「大病院の態度」 小学館文庫 杉野 文栄 (著)
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これを読んで、子どもをなくしたうえに医療事故被害者になるということがどれだけ辛いことなのか、ご両親が、どうして、病院を「悪」みなして、訴訟へふみきるに至ったのかが、伝わってきました。
この事故は別にして、もし、どうしようもない(なかった)状況で、予期せぬ結果を招いたとき、
わたしたち医療者は、どう家族に関わるべきなのかということを、改めて考える機会をもらえました。
産科でいえば、流産、死産、新生児死亡後の関わりにも、通づるところです。
今回の割りばし事件、そして、それぞれ立場からの意見、コメントを読むと、議論がかみ合っていないということを感じます。それぞれの、原点が全くちがうのです。
たとえ、立場がちがっても、事故がおこったあとに、お互いが(医療者側がというべきでしょう)、もっと事実に誠実に向き合い、もう少し、接点さえ、しっかりしていれば、話し合っていくことにより、状況もちがってくるのではないでしょうか。
それがなければ、裁判で判決がでたところで、本質的な解決にはならないはずです。
多くの医療者は、忙しいなどの理由をつけ、「それは、難しい」と、感じているのでしょう。でも、そこを超えていかなければ、今後ますます両者の対立構造は深まっていくのではないでしょうか。
ありがたいことに、人は、「許す」ということができる存在です。
「難しい」と思うから、「難しい」ので、とりあえず、やってみようよ!と、私は思います。