ここでは、こまやかな言葉を期待する私に対して、物足りない返事に失望を繰り返しているとある。さらに、予期する言葉がいつか現れると私は考えている。

さらに、先生が亡くなった今日になって始めてわかってきた。とある。

衝撃の展開だ。先生は亡くなった。文字通りの意味なら死んだということ。そして、その死を持って、物足りない返事の理由らしきものが見えてきたということ。


自分は近づくに値する人間ではないという警告。人の懐かしみに応じない。絵画みたいなもんか。

一貫して先生は拒絶している感じはしない。しかし、懐に入る時に抱きしめてもくれない。そんな違和感がある。


俺だったら告白出来ない。そんなイメージ。いい感じだけど、距離あるな!みたいな。


それが先生の死とどう関係あるのか。そこのところ期待して進みます。
あらすじいるのか?そんな迷いの中書いてます。まぁ一応書いておく。青空文庫にもあるしいいのだろう。

3ではつに先生と出会う。先生が不意に落としたメガネを拾うことで接触。次の日、先生の後について海に行くと話すことが出来る。それから懇意となる。先生の宿にも訪ね、話すことが出来る。

急展開だ!あんなにじらされたのにいきなり接触し、いきなり懇意になってる。出会いがメガネをひろってあげるというなんと自然?な展開。これで顔を覚えるきっかけになる。先生からありがとう。という言葉をもらう。これで印象に残る。

その次の日には、先生の後に続いて海に入る。先生は後ろを振り返って私に話しかけた。とある。その言葉は文章として記載はされていない。それだけ、どうでもいいというか、きっかけでしかない言葉だったのだろう。今付き合ってる女性との出会いや仲良くなったきっかけなんかは覚えているけど、最初の言葉なんて覚えてない。そんなところか?なんいせよ、先生から話しかけてきたことに意味があるのでは?と思う。

しばらくして、先生からもう帰りませんか?と言われて、まだ泳ぎ足りない私であったが、すぐに帰りましょうと返事する。すでに、少し話している関係ができているので、勝手に帰るわけにも行くまい。そういった意味で、帰りましょうと誘ったのではないだろうか。私は誘われたことで少し嬉しげである。

それから中2日あいて、またも掛茶屋で出会う。この期間が絶妙であるか。毎日先生は来ていたはずだし、私も先生の来る時間を見計らって来ていたはずである。私はきっとその間も海に来ていただろう。しかし、先生は来なかった。なんだか不安になるんじゃないか?しかし文中にそのような表現はない。むしろ、その間も会っていたような感じの空気感。そして少しづつ関係を近づけていたのではないか。

そこで先生がまだ長くここにいるつもりですか?と聞く。私はわかりませんと答える。その答えに対して、先生はにやにや笑っている。私はその顔を見た時、極りが悪くなる。「先生は?」と言う。ここで初めて先生という言葉がでる。


これから先生という呼び名に関しての話があるかもわからないが、このやりとりの中の不安な感じ、極りの悪さそういった空気感から、先生という名称が反応したのだと思う。相手の名前も知らなかったというのも大きく関係しているのは当然だろう。この呼び名によって相手との関係は決まってくる。相手への感情も伝わるし、相手の接し方も決まって来る。それが先生という名称ならばなおさらだろう。


その後、先生の宿に行き、話をする。そこで、以前あったことがある気がするが、先生の方ではどうか?という質問をする。しかし、先生には覚えがないと答える。それに対して、私は一種の失望を感じる。普通、相手がそういって来たら、愛想でもそうかも知れませんねとか答えそうなもんだ。
しかし、あっさり否定する。私は失望する。懇意になり、宿まで行きかなり仲が深まったと感じている私に対して、先生の冷静な感じ。付き合い始めて最初は毎日でも会いたいし、相手を知りたいと考えることだろう。共通点を探し、共感を持つことで関係が深くなる。それが、先生ときたら宿までokなのにいきなりnoと言われた様な!そんな失望があったと思う。

なんだか、女性と付き合う時と感情を重ねるとなんだか理解出来るような気がする。しかし、それは誰かと仲良くなりたいとか、話したいとかそういう感情だろう。先生のツンデレが始まるのではないか?と期待して続きを読もうか。
掛茶屋での場面。着替えをしたり、身体をあらったりする所。そこで先生を見る。大変混雑している中、先生を見つけたのは、西洋人を連れていたからである。二人は海水浴に行き、私はそれを見守る。翌日も同じ時間帯に行くと今度は先生が一人で来ていた。それからまた海に入る。私もついていくが接触はない。

こんなとこだ。まず、最初に掛茶屋で先生を見つけたのは西洋人を連れていたからであるとある。そこにはたくさんの人がいて、西洋人を連れていなければ気付かない程に混んでいたということでもあるし、先生がそこまで目立つような外見ではないということだろう。背が特別高いとか低いとか、かっこいいとかかっこわるいとか、特別な外見の特徴がないということであろう。

その西洋人は猿股ひとつで立っていたのが、特別気をひいたと書いている。鎌倉はこの時代、避暑地としてたくさんの人が来ていたらしい。その中に西洋人もいたようだ。しかし、特別その西洋人が気になったのは、猿股ひとつでいたことだ。他の西洋人は腹も腿も隠していたのでよく目立ったのだろう。

ミニスカートを履いた女性がいたのと同じような感じだろう。ん?まぁそれで、その西洋人といる先生が気になったと。

私は、単に好奇心の為に海に行く二人を見守っていた。とある。この文章からまぁ特別そこまで気にしていたわけではないのだろう。まぁ本心はわからない。なにせ、私による一人称で語られる物語だし、過去を振り返りながら語っている様子なので、本心はわからない。

私は先生をどこかで見たことがあるような気がしている。そして気になって翌日も同じ時間帯に海に行く、先生は今度は一人で現れて海に入る。私は急にその後を追いかけたくなった。しかし、昨日とは違うルートで先生は泳ぎ、帰る。私は目的を達せられなかった。


目的はなんだったのだろう?ルートが昨日と同じで、先生に追いついて何をするのが目的だったのだろう?おそらく、どこかで見たことがある顔の先生と話して、誰であるのかを確かめたかったのだろう。


先生との接触はまだ出来ていない。しかし、先生を見つけた理由は発見できた様な気がする。西洋人と一緒にいたこと。そしてどこかで見たことがある気がするということ。しかし、本当に見たことがある顔だったのか?最初に先生に気付いたのは西洋人といたからであった。もしも、どこかで見た顔だというなら最初に見た時に気になるのはむしろ先生の顔ではないか?少なくとも、最初に顔をみた時にそういった感想をもつはずではないだろうか?


よく、服屋の店員とかかっこいいなぁとか見て、気にしてたりすると、なんか知り合いになった気がして、どこかで見た顔だなぁとか思ったりする。知らない人なのに。つまりそういう感情ではないか。まず、西洋人といた先生が気になった。その先生を目で追う。海水浴して帰るまで見ている。その後も先生のことを考えている。そのうちに、どこかで見たことがあるという感情になったのではないか。まぁ本当に会っていたのかも知れないけど。


さらに、ここまで読んで先生と呼ぶ意味はまだわからない。西洋人といたから?んー??

まぁ私は先生と話してどこかで会ったことがあることを確認しようとしているのだから次あたりは先生と話すんだろう!と期待して!!また明日