掛茶屋での場面。着替えをしたり、身体をあらったりする所。そこで先生を見る。大変混雑している中、先生を見つけたのは、西洋人を連れていたからである。二人は海水浴に行き、私はそれを見守る。翌日も同じ時間帯に行くと今度は先生が一人で来ていた。それからまた海に入る。私もついていくが接触はない。

こんなとこだ。まず、最初に掛茶屋で先生を見つけたのは西洋人を連れていたからであるとある。そこにはたくさんの人がいて、西洋人を連れていなければ気付かない程に混んでいたということでもあるし、先生がそこまで目立つような外見ではないということだろう。背が特別高いとか低いとか、かっこいいとかかっこわるいとか、特別な外見の特徴がないということであろう。

その西洋人は猿股ひとつで立っていたのが、特別気をひいたと書いている。鎌倉はこの時代、避暑地としてたくさんの人が来ていたらしい。その中に西洋人もいたようだ。しかし、特別その西洋人が気になったのは、猿股ひとつでいたことだ。他の西洋人は腹も腿も隠していたのでよく目立ったのだろう。

ミニスカートを履いた女性がいたのと同じような感じだろう。ん?まぁそれで、その西洋人といる先生が気になったと。

私は、単に好奇心の為に海に行く二人を見守っていた。とある。この文章からまぁ特別そこまで気にしていたわけではないのだろう。まぁ本心はわからない。なにせ、私による一人称で語られる物語だし、過去を振り返りながら語っている様子なので、本心はわからない。

私は先生をどこかで見たことがあるような気がしている。そして気になって翌日も同じ時間帯に海に行く、先生は今度は一人で現れて海に入る。私は急にその後を追いかけたくなった。しかし、昨日とは違うルートで先生は泳ぎ、帰る。私は目的を達せられなかった。


目的はなんだったのだろう?ルートが昨日と同じで、先生に追いついて何をするのが目的だったのだろう?おそらく、どこかで見たことがある顔の先生と話して、誰であるのかを確かめたかったのだろう。


先生との接触はまだ出来ていない。しかし、先生を見つけた理由は発見できた様な気がする。西洋人と一緒にいたこと。そしてどこかで見たことがある気がするということ。しかし、本当に見たことがある顔だったのか?最初に先生に気付いたのは西洋人といたからであった。もしも、どこかで見た顔だというなら最初に見た時に気になるのはむしろ先生の顔ではないか?少なくとも、最初に顔をみた時にそういった感想をもつはずではないだろうか?


よく、服屋の店員とかかっこいいなぁとか見て、気にしてたりすると、なんか知り合いになった気がして、どこかで見た顔だなぁとか思ったりする。知らない人なのに。つまりそういう感情ではないか。まず、西洋人といた先生が気になった。その先生を目で追う。海水浴して帰るまで見ている。その後も先生のことを考えている。そのうちに、どこかで見たことがあるという感情になったのではないか。まぁ本当に会っていたのかも知れないけど。


さらに、ここまで読んで先生と呼ぶ意味はまだわからない。西洋人といたから?んー??

まぁ私は先生と話してどこかで会ったことがあることを確認しようとしているのだから次あたりは先生と話すんだろう!と期待して!!また明日