モンスターな虚言癖でも。 | 日々

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とくになし

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好きな自然の音は、木の葉の音。
風に揺り動かされる葉の音は、なんとも美しい。
風が作り出す音というのは、非常に耳に優しいんですな。

我が家は、風鈴ではなく、竹で作られたウインド・チャイムを
一年中ぶら下げていて、ささいな風にも
ポカラポカラと軽やかな音を立てている。
いいのよ、この音がまた。
嵐の時なんて、ポポポポ ポカポカラーとドもっているのもまた一興。
南の島のような呑気な音は、いつでも心地よいものだ。



私は、平々凡々とした面白みのない人間である。
他人様と比べた事もないが、性癖も普通であろう。
そして、その普通さを保っていたい保守的なタイプの
下ネタ好きなお下劣中年女だ。

しかし、過去も現在も、モンスターが擦り寄ってくるのだ。
今になって思うけれど、モンスターが回りに多い人生は
思い出し笑いの多さにつながるのではないだろうか。


人生で最初のモンスターは、私の母の姉。
伯母であった。

この伯母は、若かりし頃、横浜では有名なお嬢さま高校に入学したものの
入学してすぐに 図 書 室 の本を、バンバン古本屋に売るという
暴挙に出た為、すぐに退学処分となった人である。

退学後は、一人でなにやら怪しい事をやりまくり
銭を貯め込み、大和で米軍将校の愛人をやりつつ
スナックをやっていた。
スナックとは名ばかりで、実際は春を売る店だったのね。
在籍していたホステスさんはずいぶん沢山いたそうだ。
その名もトパーズ。
お客様はアメリカの軍人さんばかり。
もう今から50年以上前の話。

生涯独身だった伯母は、老後になってから私の事をそれはそれはかわいがっていた。
3歳になったばかりの私に、宝石類をつけまくり
肌をかぶれさせても、高価な香水をつけさせ
トパーズ時代のホステスさんだった方の家に一緒に行かせる。

外国人相手だったトパーズなので、その元ホステスさんは
国際結婚をしており、根岸のハウスに住んでいた。
そこへ、小さな成金のような姿の私を連れて行き
延々と宝石自慢をするのだ。

子供ながらに「なんてイヤな事をする人だ」と
あきれていた。が、子供なので何も言えない。
居心地悪く、フィリックスくんのガムやチョコレートを食べて
じっと下を向いて時間をやりすごしていた。

本当に変な人だったが、とにかく私を溺愛していた。
親族にも、知り合いにも嫌われていたけれど
私は伯母の「マミ!」と呼ぶしゃがれ声を聞くと
子犬のように走りよっていた。
伯母が皆に嫌われている原因はよくわかっていたし、怖さもあったけれど
伯母の事が好きだったんだろうと思う。

今でも、私の宝石箱には、伯母がくれた貴金属がゴロゴロしている。
金銭的な価値はないけれど、伯母のおかしな愛情が感じられるから
今も大切に、綿にくるんで入っている。



数人のモンスターを、はべらせつつ私は成長していった。

幼稚園では、4歳児のくせに一本丸ごとの海苔巻きを5本
ケーケー吐きながら毎回食べるヨっちゃんという親友と過ごし、
小学校では、生きたペンギンを飼っていると言い張る同級生に
「わー、見せてー」「今日は病気なんだペンギン。」「そっかー」と
仲良く過ごし、中学では
「マミって人の彼氏とったんだって!」と、噂されクラス中の女子に無視されているのに
まったく気づかず1週間楽しく過ごしていた鈍感な女になっていた。
言っておくが、取ってはいない。
向こうが勝手に私に言い寄ってきていただけだ。へっ。

昼間の仕事をしつつ、夜はバーテンダーを始めたのは23歳の時。


勤め始めたジャズバーで、バーテンダーのノウハウを教えてくれたのが
Jさんだった。
Jさんは、男性にしてはとても小柄で、女物のブラウスでもSサイズを
余裕で着こなす人である。

このJさんが、小さな身体の超モンスターであった。

初日の仕事が終わった時、Jさんは私に言った。
「オマエなー、もうちっと大人になったら抱いてもいいぞ。」

真正面から顔を見つつ
「男いるんで、Jさんとはやらないと思いますよ。」と
笑顔で言うと
「・・・かわいげがないとダメだよお、オマエ。」と
リーゼントをかきあげつつ、流し目で
「まあ、オレはさー、今まで20カ国以上の女と、そうねー800人は
寝てるかな」と言い、どーだの顔をしているのだ。

800人の物好きが・・・?と思いつつも、小心者なので
「性のプロですね。じゃあ・・・」と、笑顔で褒め称え私は帰宅したのだ。


働き出して、3週間たった頃、私はふと気がついた。
Jさんが自慢げに着ているシャツ。
アイビーで有名な某ブランドの生成りっぽいシャツ。
3週間前と同じ場所にワインのしみがついている。

「Jさん、シャツ、染み抜きしてきますよ。3週間同じですもんね」

独身男に、少々優しさを見せた私は恐怖のズンドコに落とされた。

「えー、あ、ここちょうど染みが出来やすいんだよなー。
3週間前からなんか着てねえよ。オレこのシャツ好きで
800枚 買 い 占 め た ん だ 。毎日着替えてるよ。」

8が好きな人なんだろうか・・・
800人に800枚・・・
このブランドって、この特殊なサイズを一人にそんなに売るんだろうか・・・
いや、からかってるんだろうな・・・

「ふふふ、またまたw8枚とかですよね。」と、流そうとした。

Jさんは、まじめな顔で
「あ、知り合いがこのブランドの販売員で買占めてくれたんだよなー。うん、800枚な」
と言い張るじゃまいか。
もう何も言うまい。そう決めた。


その後も毎晩のように
「実家の蔵に300万枚のCDが眠っている」だの
住んでいる1Kのアパートには「8千万円以上のワインのコレクションがある」
「岩下志麻を女にしたのはオレだ。」「ドリフは、オレにネタを聞いて作ったんだ。」
「アメリカでは刑務所に入っていてキラーJってあだ名だった。」
「セブ島に最初に行った日本人はオレらしい。」「先週、星を発見したから1億もらえる。」
と、桁外れの事を言うJさん。

ある晩、Jさんは休みでマスターと2人しんみりと
「ヒマだねー」「場末なバーだねー」と言い合っていたら
マスターがポツリと
「そういえばマミはバカなんだな。」と言いやがった。

少々ムカつきつつ
「オヤジのほうがバカなんだよ!」と言い返すと
オヤジマスターは
「Jの言うこと、信じてるんじゃねえのか?」と真面目な顔で聞いてきた。

「いや、あれ、冗談だと思ってたんだけど・・・」と笑いつつ言うと
さらに真面目な顔で
「Jは、虚言癖って病気だと思うんだよな。」と
悩ましげに言うオヤジマスター。

『きょげんへき』って何かで聞いた事があった。
思い込みや、その場のノリで大ボラをふいてしまう。
そんな病気の一種だ。
Jさんの今までの言葉達、納得がいった。


何かの国家試験を3年以上も頑張って、修行して学んで
やっと習得した×というお客さんが、来た夜のこと。

「苦労したけど、やっと取れましたー。」と、その×さんは
気分よさそうに、カクテルを飲み干し
私もカウンター越しに「良かったですなー!一杯おごりますよー。」と
盛り上がっていた時だった。

Jさんが私の横に来て
「あーその資格ね。オレ3ヶ月で取りましたよ。」と
軽く言っちゃったのだ。

そして「オレ、資格マニアってゆーのかなー。いっぱいあるんだ資格」と続け、
「大型ダンプは、10分で取っちゃったよ。」
「地質学者の試験は意外と難しくて1年かかった。」
「医師は外科医だけど、あと少しでやめちゃった。」
「たぶん来週は弁護士の資格でもとるつもり。」と
ノンストップで言い放っているのだ。

仕方なく語尾に「なーんちゃって・・・」と、消え入りそうな声で
フォローを入れていた。

「まあ、×さんは手先が器用だから3年ちょいだったんでしょうけど
オレは器用とかじゃなくて、まあ、勘がいいんですよねー。」と
Jさんが言ったとたんに、目の前の×さんがスックと立ち上がった。

で、そのままカウンターごしに Jさんを持ち上げると
ぶん殴って、床に投げちゃったのだ。
男泣きに泣きながら。
「オレがどんな思いでやっと取れたって喜んでいると思ってんだよおおお!」
そりゃそうだ。

周りのお客さんは呆然。
私も呆然。
奥で、つまみを作っていたマスターが
「何の音だあー?」と聞いている。
何か言わなくちゃ。
私は、あせった。
で、マスターに叫んだ。

「あのねーJさんが空を飛んだの!」
「そんでカウンターのむこうに落ちちゃったの!」
「でも鼻血だけで何ともないよー!ダイジョブ!」

マスターがぎょっとした顔で飛び出してきて
「マミ!お前まで虚言・・・癖・・・かよ?」とつい言ってしまい
ぶん投げた×さんも、他のお客さん達も「ああ・・・Jって・・・」と納得していた。

Jさんは、ムッツリと立ち上がると
「マミ!あとやっとけよ!」と威張って帰っていった。

マスターも他のバーテンダー仲間も、Jさんの虚言壁に
気がついていた。
でも何も言わずに「わっはっは、またまた!」と聞き流していた。
大人の優しさと、余裕で許していた。



Jさんの嘘って、罪がなかったなあと、思う。
そりゃ、気分を悪くした人もいたけれど
自分の自慢でとどまっていたから、罪がなかったなあと思う。

Jさんは、自分の思い込みで、人を裁いてしまう事はなかったから
私はJさんのウソが好きになっていた。
モンスターな虚言だけど、なんだか楽しくなってしまうような
お話が沢山あった。


最後に会った時、Jさんは地元の大阪に帰る直前で
「Jさん、大阪で何やるのん?」と聞くと
「あー、関空でパイロットを頼まれててなー。」と
言っていたっけ。

思い出すたび、
私の中では、小柄なパイロットが関空で大活躍している。