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遠い遠い昔の中学生の頃のお話しだ。
 
ある朝からいきなり一部女子から『みどりちゃん』と呼ばれ出した。
私の本名とは全くかけ離れたあだ名である。
 
その一部女子達は特にグレてはいないのだが、オトナっぽいグループで
何かオンナの香りがする14歳達。
 
同じ14歳女子でも、朝食のウインナーを何時間目まで口に入れておけるか…
部屋でタバコを吸う時に、鼻の穴からどれだけ ぶ っ と い 煙を
出せるか…(グレてはいないが喫煙に私はハマっていた)
などというチャレンジを一人で頑張っている私とは別世界ながらも
彼女達とは別に仲が悪いワケでもない関係性だった、と思う。
 
で、その私のNEWあだ名『みどりちゃん』
 
数時間後、みどりちゃんと私に呼び掛ける彼女達の声のトーンが
やけに笑(嗤)いを含んだ意地悪なものであると感じたのだ。
 
数回呼ばれた所で「なんでアタシをみどりちゃんて呼ぶの?」と
リーダー各女子に聞いてみた。
リーダー各はニヤリとしながら「イメージかな?」と
明らかに答えをはぐらかした。
 
もう相手の悪意や意地悪は関係ない。
 
私は興味津々の塊となり、しつこくリーダー各・その他女子に
聞き始めた。
丸一日ストー カー状態で彼女達の後をつけてはウキウキしながら
聞きまくる。
 
「みどりちゃんて本当の私の名前?なんか本当の名前を隠されてるとか?」
「みどりちゃんて呼ぶように夢の中でお告げがあったの?」
「みどりちゃんて一生呼ぶの?」
「みどりちゃんって本当は外国語?」
 
もう質問自体に当時の私の想像力が膨らみまくっており
彼女達のほんの気まぐれなど突き抜けて
まがまがしい意味を持ってしまっていた。
 
 
放課後だったろうか…
私はいつも一緒に帰宅する親友にマジメな顔で
「 探 偵 の 仕 事 が は い っ た 」と告げ
親友に一人で帰宅するよう促した。
 
そして一人、リーダー各女子の家に行き、迷惑そうに出てきた彼女と
彼女宅でダべっていた女子達に
「ねえ!どーして みどりちゃんて?」とドキドキしながら聞いた。
 
あんなに嫌そうな顔をした人を私は今まで見た事はない。
 
リーダー格女子は叫ぶように
「アンタ小学校の時にスッゴイ緑色のワンピース着てきたじゃん!
それ思い出したの!で、みどりちゃんて呼ぶ事にしたのっ!」
 
え…それだけなのかね…
急激に好奇心・興味が色あせた私は、リーダー格女子に
「くっだらねぇ…」と吐き捨てるように言い、坂道&遠くなった帰り道を
ノロノロと歩きながら『スッゴイ緑色のワンピース』を久々に思い出していた。
 
 
私のイトコは幼少時から米軍基地内で育っていた。
当然、当時の日本の生活とはかけ離れており、叔母は洋服など日用品は
全てベースの中やアメリカからの通販での購入をしていた。
 
いわゆるアメリカンスクールに通っていたイトコには
〇〇の日・あべこべソックスDayなどと学校からのお題の様な日が多々あった。
そのうちの一日か一週間がセントパトリックDayというアイルランドの
記念日で、緑色のTシャツや小物を身につけて登校したのだろう。
 
そのセントパトリックDayにイトコが着ていた緑色のミニ・ワンピースを
『お下がり』でもらって小学生の私は着ていたのだ。
 
イトコからの『お下がり』のアメリカの洋服は、昭和の時代かなり個性的で
派手なものだった。
が、赤ん坊の頃からそのお下がりを着ていた私は特に気にすることなく
適当に選んでは、サイケなジャンパー・ヒッピー風ワンピースと
小学校高学年まで普段着にしていた。
 
そして横浜港町育ちのオシャレ母はそんな私をこれまた『オシャレな子』
に育てたかったらしく、横須賀に引っ越した後も小学生の私に
大人用の小さなサイズのレースの下着を履かせたり、
獣の色気漂う『夜間飛行』なんていう香水をランドセルに吹きかけ
小学校に通わせていた。
 
だからか下着姿になる身体測定では、同級生に
「ソレ下着?」と変な目で見られ
すれ違うと「クサい」と言われたりもしたが
小学生時代の私は『良い匂いじゃんか』などとあまり気にしていなかった。
 
あら?何だか人と違うのかも?と思い、それを恥じる気持ちになったのは
中学に入ってからである。(遅い目覚めだ)
自分を恥じながらも、何をどう変えたら良いのかわからずに
私はとにかく目立たないように心掛けた。
 
目立たないように恋をし、同級生には内緒で遠くに住む
年の近い子達とUFO見た、ピラミッドの地下には地底人などと
世界の機密事項的な文通をし(文通は結構流行っていた)
目立たないような弁当を作り、ひっそりと公民館の貸し本を
読み漁り、ニキビが出来たらその部分は見ないようにし、
隣の犬・クロに学校のグチを言いながら日々を過ごした。
 
だが、気になった事への好奇心には勝てず、おそらく質問は多く
妙に人を苛立たせる事が多かった小・中学時代だったな、と思う。
『好奇心は猫をも こ ろす』なんてコトワザもあるが
私は生き残ったのだからラッキーだ。
 
 
意識低い系の 鈍 感 大 人 女 となった年齢の頃、
日本はバブルのバカ派手な自由時代の名残がまだまだ残っていて
私は「大人になるって良いなー自由だなー」と、好奇心全開で
忙しく過ごした。
 
 
身体こそガタガタだが、老女となった今は
『人の目なんか気にしたって一銭にもならんぞ」をモットーに
ダラダラ好き放題だ。
 
昨日の夕飯なんて目玉焼きと豆腐丼だからね(アメリカだけど)
 
夫に「ヘルシーだろう!ベジタリアンメニューだ!」と言った所
「タマゴだからベジタリアンではない」と言い返され
「タマゴは肉を食ってねぇんだから野菜と同じだぁっ!」と
悔しさで 震 え な が ら 伝えた所、夫は何かググっていたが
もう言い返してはこなかった。
男の優しさってやつだろう。
いいぞ夫、その調子だ。