ブログネタ:ハリウッドでリメイクしてみて欲しい「日本むかしばなし」
参加中ブログネタで『ハリウッドでリメイクしてほしい「日本昔話」なんつーのを発見。
個人的には『赤いろうそくと人魚』を、あえてハリウッドで
日本人俳優と日系俳優にリメイクしてもらいたい。
あの湿った叙情的な物語は、日本人以外には表現出来ないだろうなぁと。
可憐な容姿で人気のジェニファーラブ・ヒューイット(この人どう考えてもオードリーヘップバーンを
狙ったとしか思えないが美しい)や、意外な所でアリーシャ・キースってのも
あるかな…と思ったが、やはり違うな。
歌手だけれど、忍耐力としっとりした表情のメアリーJブライジの若い頃なら
この人魚が出来るかもしれないが、いかんせん気高く強そう過ぎるかね。
やはり、日本人だなぁ、この物語は。
さて、ひっそりと学校に通っている私ですが、また試験に落ちました。
いや~、言葉の壁もさることながら、例題とされる人物像が全くイメージに
ならないのだ。
私が学んでいるのは「犯罪者カウンセリング」のカウンセラー。
まんがいち資格が取れても、気の弱い私には勤まる仕事ではないと
知りつつも、思うところあって必死で勉強を始めて早1年半。
プロフェッサーも「マミは…う~ん…」と頭を抱えつつも「でもその頑張りに+C」と
レポートなど甘くしてくれるけれど、テストとなるともう歯が立たない。
アメリカでの過去の犯罪者からパターン解説しつつ、その行動に至るまでの
育ち・環境・なんと人種背景まで遡る。
いつも私は躓くのが、環境。
日本の中都市部で育った私には、更生出来そうな人の環境行動パターンが
理屈で説明出来ないのだ。
なぜ同じ事になる場所に戻り、再犯を繰り返すのか。
行き場所がないなど言い訳だとしか思えず、自分の見てきた小さな世界基準で
考えてしまう。
州によって法律の違うアメリカでは、過去の罪を隠して生活する事も
以前は容易であった事だ。(今はインターネットの普及で隠蔽しにくい)
その考えは依然生きていて、大都市部から地方都市へうつり
人生の建て直しをしようとしている人だって何人もリアルで見て応援してきた。
だが、その新天地でも再犯の可能性は高い。
シンプルに言えば「慣れているからもう失敗はしないと思ったから。」だと答える。
私の日系3世のイトコは、まさにツィンキーで
(ツィンキー=真っ白なクリームが黄色いパンケーキに包まれたアメリカのお菓子・黄色い肌に白い中身との
少し意地悪な言い方。オレオは黒人で白人の思想を持つ人を意地悪く言う言葉でもある。)
発言や行動や生活スタイル、パートナーも全て白人だ。
白人の中でも、世に言う「成功した」カテゴリーで、活躍している。
今の彼女の地位は、あくまで彼女が頑張った結果だけれど
日本人同士での私の友人との会話には、いつも驚きつつ羨ましがっている彼女だ。
彼女は友人を招いて、楽しそうなパーティーをよくする。
だが、集まる友人達の中で彼女の悩みやグチを本音で伝えられる相手は居ない。
日本の友人同士、泣きながら本音でグチったり弱みをさらけ出すような事がない。
お金を払ってカウンセラーに吐き出している。
そのカウンセラーは「人のパターン」を学んだ人だから、回答はしてくれる。
でもその回答は、私のイトコをパターンにはめ込んだ事柄ばかりなのだ。
私の友人は「あんたさー、前の男もそんなだったじゃーん!」と、口汚く言いつつも
等身大の私を思い出しつつ、アドバイスや元気をくれる。
こちらで仲良くしているアメリカ人や他の移民にも、違和感を覚える事は多い。
一軒やを美しく保ち、キャリアを積める仕事をしている共稼ぎのご夫婦。
夕食を一緒にし、夜遅くまで話し込み愛情こめて私が「も~バカなのよー!家のネコはさー」と
語りだすと、眉をひそめて「あら~…家の犬は利口なのよー。」「私の旦那様は優しいのよー」
と、良い事しか話さない。
彼らが、アメリカの健康と裕福のシンボルである白人だからかな?アジア人の私に弱みを見せたくないのかし
ら…?と、思うのは私の被害者意識などではない。
もちろん「えー、そんな事も言っちゃう?あははー」な付き合いをしている人も居る。
けれど、まるで『正しく健康的で美しい人生の先輩』であるかのように、振舞う人も多々いるのだ。
よく知らない同士、弱みを見せないってのは国民性だなぁと考えてしまうのだ。
犯罪脳というものもある。
「生まれてきたばかりの命は、全てが尊く無垢である」と言うのは
理想論になってしまう。
核となるのは、人間同士であるはずだが、それに伴う「良心」や「良識」が欠損している
相手、もしくは薬物で味わった高揚感から抜け出せない相手へ対する
イメージが、私には薄っぺらくしか寄り添う事が出来ない。
プロフェッサーは「あなたが彼らに to nestle(寄り添う)必要はないんだ。just help and・・・」
と、言うけれど、この「寄り添う」ってのがまた英語と私の言葉のニュアンスの違いで…
言い訳をしていては何も進まないので、もはや生涯勉強としてやっていこう…。