日々

日々

とくになし

今の私の毎日、何もない。

 

養女は猛スピードで精神的にも成長しており、人生模索中。

夫も自分の時間を穏やかに過ごしている。

 

極悪チワワは相変わらず無駄吠えするが、この数日は

私を見ると尻尾をふって近付いてくる。が、撫でようとすると

矢沢永吉なみの 三 白 眼 に な り 唸 る 。

手を引っ込めると足元に身体をこすりつけて甘える。女優犬だ。

 

 

40代半ばまでの私は日々の暮らしで様々な怒りを感じていた。

怒りを活力にフンガーッと奮い立っていた。

掃除機なんか一日3回くらい走りながらかけていた。

怒りのパワーで拭き掃除も軽々とこなし、掘る必要のない庭の隅まで

ガシガシと穴を掘っては野菜くずなどを無茶な角度でダンクシュートし

ギックリ腰に。

「何故だっ!NO神様かっ!ちくしょー!」と

ノートルダムのせむし男っぱりにギクシャクとその場から走り去ったりもした。

 

息をするのも精いっぱいといった感じの夫を意味なく怒鳴りつけ、

怒鳴り返され投げ飛ばされ、ガッと立ち上がり投げ返す、という

アクロバティックな週末も多々あった。

 

義姉を罵倒し、御近所さんに悪態をつき、

友人には 意 地 悪 を 早 口 で言う。

そして夜中になると猫のトビーくんとしーちゃん相手に

「くぅぅ…人類滅亡だぁっ!腹立たしい事ばかりだ!」と声をころして泣く…

なんて事を繰り返していたように思う。

自分の不器用さが一番腹立たしかった。

 

アレ更年期絶好調だったのもあるんだな。

実に情緒不安定だ。

 

だがあの当時の私はまだ世間とガッツリ向き合っていた。

世間様に自分から突進し、存在意義を求めては空回りし

不満の咆哮を煙たい空気に変える 妖 怪 眉毛薄目主婦X。

せつないねぇ。

 

 

人生50年を過ぎ、私は自分が人様と関わるのが苦手なのだと

気付いた。

本当の私は無精ひげに覆われ、人里離れた洞窟の中でノソノソと

「コンビニだけ近くに出来ねぇかなー」と夢見る偏屈爺さんなのだ。

 

夫に「アタシ本当はこういう爺さんなんだよね」と言ったら

「本当の妻がそんな爺さんってイヤだなぁ…

今アナタは不幸せなの?ボクに何か出来る?」と実に優しい

アメリカ男な返事をしてきた。

「何もしないでくれ」と答えておいた。本心だ。

夫を尊敬し、来世があるなら夫と深い関係のある人でいたい、とは

思っているのだがね。

 

華やかな女優であり秀逸なエッセイストでもあった高峰秀子さんは

「本当は砂にでも深い穴を掘ってその中で寝転んで本を読んでいたい」

という様な事をよく言ってらした。

恐れ多くも私は「それって何てプレシャスなタイムなのでしょう!」

と深く頷いてしまう。。

 

今も『しがらみ』という人間関係はある。

大事なしがらみ、と思えるのは現状 私が沈静化しているからだ。

もう怒るパワーもないのかもしれない。

今の私、何もない。

老いる、とは良い事だ。

私には実に心地よい。目覚めから身体中が痛くても、だ。

 

 

…というような話をお向かいに住むヒッピージェネレーションの

ダナにシミジミと語った今日の午後。

ダナとは特別気が合うワケではないが長い付き合いだ。

玄関掃除をしている私を見かけると「ヒマなのね」と

コーヒー片手にたまにフラリとやって来る。

 

ダナは70歳を超え、貸家業をしながら独身生活を楽しんでいる。

元旦那とよりを戻したり(元旦那は再婚済みなので不倫沼だ)

その他ボランティア活動で知り合ったBFとの愛憎劇があるらしく

「腹立つ事ばっかよ!ガッデムあの黒●野郎!」と

エスプレッソを一気飲みし「心臓痛いわ!クソッ!」と

真っ白な薄い胸元を叩いていた。

か弱いキングコングみたいだった。