英語で「pushing one's button」と言う表現があります。
直訳すると、誰かのボタンを押す、気に障ると言った意味になります。
一言で言うと(主にわざと)人の機嫌悪くするような事を言ったり、やったりする行動を指します。
誰でも自分が嫌になるような事を言われて喜ぶ事はないでしょう。
でも、あのブランドン・ベイズのセミナーの司会進行役で自身も講師をされているベッティーナ・ハリファックスさんはセミナーの中でこんなお話をしました。
「私は以前は、プロセスの途中で自分が嫌だなと思っても何も言わなかったし、その気持ちとも向き合わず、恰も何も無く全ては上手く行ってるように振る舞っていたの。」
それは、あるザ・ジャーニーのセミナーでとても単調な話し方と組んだ時に起こったそうです。
何てつまらない話し方をするんだろうとイライラしながら、表向きは「大丈夫、良いよ」と言ってプロセスをしようとしていたとか。
そのお相手は何をやっても、彼女の気に障るような、ボタンを押すような言動しかしなかったそうです。
でも、ベッティーナさんが流石に堪忍袋の緒が切れて、自分の気持ちとちゃんと向き合い、プロセスしたら、逆にそのお相手が全く気にならなくなったとか。
それから、彼女は自分の前にいて自分の気に障る「ボタン」を推してくれる人は恩寵(ギフト)だと思うようになったそうです。
確かに、気に障る事を言ったりやったりする人を中々好きにはなれませんが、別にその人を好きなる必要も、認める必要も、評価する必要もないのです。
その人たちが齎すギフトを考えると見方が変えられて、自分を変革させる糧にできますよね。
気分が高揚している時は気が付かないかもしれません。でも、中立な立場から、周りにいるそんな気に障る人たちがギフトで自分に何を指示してくれているか、見直してみるとそこにまた自分の新しい発見があるのだと思います。
一度お試しあれ![]()