自分の子供が、違う州に住んでいて、飛行機を使ってしか、会いに行けないので、ドアを開けたら、会いに行けるような、テレポートする方法を教えて欲しい、と言うものでした。
確かに、全てが加速していて、もっと物理的な制約が段々緩んできてはいます。全ての事が可能だと思えば、テレポートできても良いと思いませんか?
でも、バシャールの反応は全く違うものでした。
何故訪ねて行くプロセスに意味があると思わないのか?それの時間を持つことが、実はその訪問に良い影響を与えていると思わないのか?ジャーニーがディスティニーと聞いた事が無いのか?物理的に会う以外の方法で繋がりを保つ方法を知っているなら、何故それが十分だと思わない?何故、その旅行プロセスを「障害」と受け止めているのか。。。今ある事を認識せずして、先の事には行けない。
質問した女性は、人間がテレポートできる時期には興味がまだありましたが、それでもバシャールの言っている事はわかったようでした。
他州に住む子供に会いたい母親に、物理的できる範囲が増えてきていると言いつつ、テレポートじゃなくて、飛行機乗っている間が大切なんだ、と言うのは、ちょっと子供だましにも聞こえます。
要は、全ては見方次第と言うところなんでしょう。でも、実は今ある事、与えられている事を認めて、有り難く思わずして、次のレベルに行けない。目の前ことを避けて波動、自分自身を高めることは出来ない。だから、子供だましじゃないんですよね。
バシャールは付け加えて、本当に必要があれば、あなたがただテレポートしたい、と言うだけでなく、関わる人々全てに関連性があれば、テレポートはほぼ自動的に起るでしょうと言っていました。
「~したい」では(高次元からみる)「必要」に該当しないんですね。
何でも「可能(possible)」でも、「可能性(probability)」は物により、やはり現生のテーマに関わりがあり、理由が無ければ起らない。
だから、今起っている事がベストだと信頼して、良いように解釈すれば、シンクロニシティーで、もっと自分にあったものが何の特に努力せずとも、起ってくる、と言うところでしょうか。
でもー、どこでもドアってあったら便利なのに。。。なーんて思うDr.えみでした
