「蛇落地悪谷」…広島土砂災害でもっとも被害が大きかった八木地区の一部にあった古い名前だそうです。
ある番組でとりあげて注目されたそうですが、まあ私も裏をとったわけではないので本当かどうかはわかりませんが、
古い地名はとても大切です。
蛇や竜がつく地名は水にちなみます。
「久保」も「窪」、谷はいうまでもなく「戸」「沢」「川」「洲」「沼」「池」なども「台」や「丘」「山」などに対して狭隘地あるいは低地を表します。
市町村合併などで古い地名がどんどん失われましたが、小さな地区単位ではさらに変えられていきます。
よく指摘されるように不動産価値を高めるためにはイメージの悪い漢字や言葉は使いたくないですからね。
地名や昔話、伝説、風習は人々の太古からの記憶をつなぐ装置です。
それは、今回被害に遭われた方々には大変申し訳ないのですが、
30年、50年の単位でははかれません。
気象予報も行政、警察、消防の仕組みもたかだか100年。
やれ避難指示が遅い、仕組みができていないなど批判もわかりますが、かれらに依存してしまうところにこの問題の本質があります。
かれらはあくまで補完システムです。
一人ひとりが常に意識を高く持ち、地縁を高め、自らの命を守るネットワークを再構築していくことが王道です。
一代の記憶が薄れる200年単位の記憶を継いでいくのがこれらの民俗学、考古学の対象です。
地名考古学はいまや地震考古学と並んで災害の多い日本で役に立つ学問かもしれません。
地震を含む災害関連の学会やコンソーシアムの多くは理系の先生で占められています。
あとは行政、法関連。
ここに人文学系はなかなかはいってきません。
地震文献学に新たな地平を開いている磯田道史さんは、東日本大震災以降、地震学会に入ることができました。
こういう動きはもっと広がるといいですね。
ですが、こういう地味な学問は大学や研究機関が限られ、十分な予算もなく人材に乏しいのが現実。
そこで大切になるのが地元の郷土史家の皆さんです。
古い地名を探ったり、お寺の文献を解読したり、石仏や板碑、塔などの云われをたどり、丹念に調べ、記録を遺してくださる方々。
地元に「子(ね)の神社」という名前の神社があります。
子はネズミのこと。ネズミは地底、つまり黄泉の国の象徴ですが、一方で子沢山(ネズミ算)でもあります。
そのすぐ近くにはほぼ同じ時代に建立された水子地蔵と風車がたくさん並ぶ古い社があります。
星野之宣さんの名作宗像伝奇教授風に言えば、
この地域はむかし飢饉かいくさがあって子供たちもたくさん亡くなったのではないか。そして再びこの地に多くの子が満ちるように社を建てたのではないか。
面白いことにこれら社のまわりは学校が多い。
偶然か必然かはわかりませんが、古い記憶をなくさず次世代に伝えていくことは大事だと思います。
iPhoneからの投稿
ある番組でとりあげて注目されたそうですが、まあ私も裏をとったわけではないので本当かどうかはわかりませんが、
古い地名はとても大切です。
蛇や竜がつく地名は水にちなみます。
「久保」も「窪」、谷はいうまでもなく「戸」「沢」「川」「洲」「沼」「池」なども「台」や「丘」「山」などに対して狭隘地あるいは低地を表します。
市町村合併などで古い地名がどんどん失われましたが、小さな地区単位ではさらに変えられていきます。
よく指摘されるように不動産価値を高めるためにはイメージの悪い漢字や言葉は使いたくないですからね。
地名や昔話、伝説、風習は人々の太古からの記憶をつなぐ装置です。
それは、今回被害に遭われた方々には大変申し訳ないのですが、
30年、50年の単位でははかれません。
気象予報も行政、警察、消防の仕組みもたかだか100年。
やれ避難指示が遅い、仕組みができていないなど批判もわかりますが、かれらに依存してしまうところにこの問題の本質があります。
かれらはあくまで補完システムです。
一人ひとりが常に意識を高く持ち、地縁を高め、自らの命を守るネットワークを再構築していくことが王道です。
一代の記憶が薄れる200年単位の記憶を継いでいくのがこれらの民俗学、考古学の対象です。
地名考古学はいまや地震考古学と並んで災害の多い日本で役に立つ学問かもしれません。
地震を含む災害関連の学会やコンソーシアムの多くは理系の先生で占められています。
あとは行政、法関連。
ここに人文学系はなかなかはいってきません。
地震文献学に新たな地平を開いている磯田道史さんは、東日本大震災以降、地震学会に入ることができました。
こういう動きはもっと広がるといいですね。
ですが、こういう地味な学問は大学や研究機関が限られ、十分な予算もなく人材に乏しいのが現実。
そこで大切になるのが地元の郷土史家の皆さんです。
古い地名を探ったり、お寺の文献を解読したり、石仏や板碑、塔などの云われをたどり、丹念に調べ、記録を遺してくださる方々。
地元に「子(ね)の神社」という名前の神社があります。
子はネズミのこと。ネズミは地底、つまり黄泉の国の象徴ですが、一方で子沢山(ネズミ算)でもあります。
そのすぐ近くにはほぼ同じ時代に建立された水子地蔵と風車がたくさん並ぶ古い社があります。
星野之宣さんの名作宗像伝奇教授風に言えば、
この地域はむかし飢饉かいくさがあって子供たちもたくさん亡くなったのではないか。そして再びこの地に多くの子が満ちるように社を建てたのではないか。
面白いことにこれら社のまわりは学校が多い。
偶然か必然かはわかりませんが、古い記憶をなくさず次世代に伝えていくことは大事だと思います。
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