この間、外交的な問題が噴出しています。

ナショナリズムは古今東西、経済問題と密接に関わっています。

外交、軍事、経済は表裏一体です。思想は常にここを淵源とします。

photo:01



これは先日、日本におけるチェーンストア経営研究の泰斗であり、戦後の流通革命の理論的支柱であった渥美俊一先生の三回忌偲ぶ会にて掲げてあったものです。

当時帝大生であった渥美先生は戦争末期、学徒動員で出征しました。これは出征時に送られた武運長久祈願の日の丸。

先生は、同時に遺書もしたためます。

国家の総力戦という未曾有のできごとに際して、個としての壮烈な覚悟を求められました。

たとえようのない時代を生き抜いた先人の覚悟や想いに触れるとき、

あらゆる想像をめぐらし、いまの自身におなじ問いを投げかけねばならぬと感じます。


戦後、商業、流通というジャンルのエキスパートを選んだ理由を、先生は、

「商業は平和産業であり、国家の基幹産業である」と言い切っておられました。

商業、内需の興隆に力をつくすことこそが、国家の基幹を成すという信念があったのです。

価値観が多様となり、個と個の関係性が、重視される昨今ですが、

切っても切れない、個と国家という関係性を問い直すことも、ときに大切のように思います。

私は学生時代、フランス個人主義の洗礼を受けました。フランスに短期留学していたときの指導教授から、

個人主義を貫き、徹するには、国家とはなにかという定義、命題にも明確に応えなければならない。逆もまた然り。

そう教わったことが印象に残っています。

フランスの永遠のテーマとも言うべきでしょうか。当時も南仏プロヴァンスのようなところでも、

移民排斥を主張する者のデモと、移民排斥に反対する者のデモが激突していました。

このとき、あなたはどう考えるのか。

エクスのカフェでよく問われました。

浅薄な個人主義や国家主義は簡単にぶっ飛ばされます。

国家とはなんぞやという偉そうな命題を掲げるものは、個人のスタイルを確立していなければならない。

いまでもフランスでのこの経験はわたしの思考の原点になっています。









iPhoneからの投稿