小売業の売場でもよくつかわれる「現場力」。
「現場第一主義」は「顧客満足第一主義」と並んで、皆大事だとは思うけども、具体的にはなにを示しているか、ちょっと抽象的です。いろんな定義、解釈があります。
ときに具体よりも抽象のほうが「わかる」ときがある、というのは私も大賛成ですが、自分なりの理解を深める定義があるといいですね。
定義は広義においては共通でもいいと思うのですが、狭義においては、自分なりの定義を持つほうがいいと考えます。
おなじく「人間力」というのも抽象的です。
あの人は、「人間力があるよね」ってたとえばどんなことでしょう?
わたしがいままででもっとも腑に落ちたのは、
「感化して人を行動せしめる力を持つ人」です。
あの人が読んでいるブログ、本、買ったもの、自分も試してみよう・・という行動にとらせる力です。
そこで、あらためて「現場力」。
「現場第一主義」とは「現場で働く人、現場からの発想、工夫」を大事にしようということですが、
その根幹を成すのが「現場力」です。現場で働く人が、喜んで、発想工夫をするためにはなにか「力」の定義が必要です。
これはかなり私的な定義ですが、
「制約条件下、限られた経営資源の中で、最大効果(数字結果)を出すこと」。
この「制約条件」というのが実はポイントです。
黙っていても売れる商品がどんどん入ってきて、その商品が利益をがんがんもたらして、人も金もふんだんに売場に投入してくれる企業(店舗)ってほぼ皆無です。
わたしは軍事史関連の書籍を紐解くことが大好きですが、個人の日記や、独白録というのがとりわけ好きです。
「現場力」ということがどういうことを示すかというもっともよく表している例だと思うのは、
真珠湾攻撃の総隊長だった淵田美津雄氏の自叙伝に出てくる、真珠湾攻撃準備です。
真珠湾の水深は12メートル。
停泊中の艦隊を沈めるためには、雷撃といって、船体の水に浸かっている部分に魚雷をあてる必要があります。
この雷撃は、航空機によって行われます。飛行機は通常、魚雷を水面に打ち込んで、水深60メートルくらいのところから魚雷は水平になって前進し、艦船の側面に命中させます。
つまり12メートルの水深ならば、飛行機から水面に魚雷を打ち込んだとき、水平軌道になるまえに、海底に突き刺さってしまうわけです。
では、どうするか。
水深12メートルという浅瀬で水平軌道になるよう、魚雷を打ちこむ角度を変えたらいいわけです。
ところが簡単には行きません。
浅く打ち込むということは、飛行機の高度を下げなければならず、これでは艦隊の高射砲の的になるだけです。
つまり相手の対空高射砲をたくみにかわしながら、水深12メートルで水平軌道になる角度で魚雷を打ち込む・・こういう技術を要したのが真珠湾作戦の肝でした。
ちなみにふつうに60メートル以上の水深があれば、海底に防禦をしきます。真珠湾は浅瀬のため、防禦は必要ないと思っていたわけで、つまり真珠湾の奇襲とは、想定していなかった攻撃を可能にしたことで達成したわけです。
現場指揮官の淵田隊長はハワイ真珠湾の地形に似た鹿児島の志布志湾で網訓練を行いました。もちろん魚雷そのものの改良も行われました。
結果は史実の示す通りです。戦後の米軍の公判資料では、実に、発射した魚雷の3分の2以上を、艦船の側面にあてていたといいます。
この淵田総隊長は「トラトラトラ」(我奇襲に成功セリ)という有名な打電で知られていますが、
のちにミッドウェーの敗北に直面し、広島、長崎を目撃し、ミズーリ号の降伏調印に立ち会い、まさしく海軍の栄枯盛衰を体験しました。
戦後は、キリスト教徒となり、アメリカに渡り、かつての敵将であった、マッカーサー、ニミッツ、スプルーアンスといった米軍の名将と邂逅するというまことに数奇な運命をたどります。
この自叙伝もすこぶる面白いですが、戻りますと、
ここでいう「現場力」とは、
制約条件下で最大限の成果を上げる技術と思想であり、その技術と思想を支えるのは、敵の想定外の部分をいかに衝くかという、緻密な戦略設計がなければならないということです。
現場の努力を無にするような戦略設計(大本営参謀)はあまた例があります。海軍でも図上演習で、なんの根拠もなしに、日本の砲弾命中率を100%、アメリカを30%として行っていました。こういうエリート参謀と言われた愚かな集団が日本を破滅に追いやります。
小売りの現場もどうでしょうか?本部で、現場のやる気をそぐような机上の図上演習を行っていないでしょうか?
月刊MDも提案型企画をつくるにあたってこの愚に陥ってはならぬと戒めています。
ただ、軍事史は、別の視点も投げかけてくれます。
淵田総隊長をはじめとする猛訓練、ゼロ戦のすぐれた性能、航空艦隊による機動部隊構成といった要素が大戦初期の戦果を支えていたのですが、これらは環境によってその強みがいかされており、環境の変化によってはマイナスになる場合も出てくるのです。
水深12メートルで魚雷を打ち込む技術を持つパイロットは大勢を養成できません。また航空性能、戦法の開発は米軍に分がありました。その思想は、職人の技術に頼らず、短い訓練期間でも成果がでるようにするというものでした。
ここから「物量と精神」の差がひろがります。
「現場力」を育成するためには、物量主義へのアンチとしての精神主義に陥っても、また物量に驕り現場の小さな工夫を否定してもならぬことを、前提としなければならないでしょう。