休みが短いせいか、1日、2日に人出が集中していますね。
地元の神社に夕方ごろにいったのですが、40分くらい並びました。いつもはこの時刻すいているのですが。
山陰地方は雪で大変なようです。
むかし、山口に戻るときに高速バスをつかったところ、今回のような大雪と事故で、中国自動車道に16時間閉じ込められたことを思い出しました。ほんと雪に閉じ込められる恐怖は味わったことがないとわからないでしょうね。まあ今回の特急34時間ぶりの再開とは比べ物になりませんが・・。
ちょっと思い出話ですが、けっきょくそのときは同窓会に間に合わず、広島から小郡までヒッチハイクで深夜たどりつきました。小郡には午前3時ごろ着いたのですが、仲間が8人くらい迎えに来てくれて翌日もう一度有志で同窓会を開いてくれたことは、忘れられませんね。
さて、山陰地方といえばウェルネス湖北さんはじめ、いくつものドラッグストア企業があります。12月に取材に行ったばかりで、大山の美しい姿を見ていました。
島根県はただでさえ高齢化率全国トップ。高齢者の方、買物難民といわれる人も多い地域柄、生活物資が一人暮らしの方に届いているか、また病気の人もいるかもしれません。心配です。地域の健康を担うドラッグストアはこういうときもおそらくお店を開けて、地域の人たちのお役に立っているのではないかと思います。
阪神大震災のときも、かつてダイエーは、壊滅した横ラインではなく、六甲の裏側と海からの縦ラインから物資を届けたそうです。
小売業は地域のライフラインです。
当たり前のようにお店が開いているというということが実はものすごいことだと思います。
わたしがこの世界にはいったとき、ヤオハンさんがつぶれました。ヤオハンさんは熱海を襲った台風(たしか狩野川台風)の前に、台風後物資が欠乏することを見越して、東京まで仕入れにいき、台風後の壊滅した熱海で、いつもより安い値段で売りました。ほかのお店は、在庫がなかったので、高く売らざるをえない中、たくさん仕入れていつもより廉価で提供したのです。
その後、ヤオハンさんは経営に行き詰りましたが、日本の小売企業の多くが、全国に地震や災害があると、まっさきに緊急物資の手配をして、お店を普通に開ける努力をおこなうのは、こういう商人道を理解する、チェーンストア経営者たちの目に見えない伝統が受け継がれているからだと思います。
この話をわたしは昨年亡くなった渥美俊一先生に駆け出しのころうかがいました。小売業を取材するという仕事に誇りを持つ大切な機会となりました。
「1月1日が休めないでかわいそう」「コンビニは深夜までやる必要ない、環境に悪い」・・こういう意見もありますが、
もちろん、強いられて「休めない」ということであれば問題ですが、地域の人たちのためにインフラに徹しようという姿勢は尊敬します。
ユニクロの店長さんは、みんなが休みのときに休めないお父さんで、いつもはやくでかけます。帰りも遅い。お子さんと毎日、ホワイトボードをつかって会話しているそうです。子供はきょうのサッカーの試合結果を書いて寝ます。お父さんは帰ってきてその返事をかく・・。素晴らしいコミュニケーションですね。
華やかな初売りの陰に隠れて、地道に小売業という職場で奮闘する皆様の大切な声を誌面に生かしていきたいですね。ことしもどうぞよろしくお願いします。