これには重大な訳があって、論理的な理解に時間が掛かる一方で覚えるべき知識量が少なめの科目を先にしないと、忘却してしまうからです。(翌日まで残る記憶は26%程度という調査もあります)
定期テスト前に、詰め込みして間に合わせた経験と類似していて、記憶力重視の科目は直前期にインプットした方が得点に繋がりやすい為です。
特に英語と数学は合間を入れずにたとえ10分でも毎日やるようにしないと力や感性が落ちやすいので気を付けないといけない。
麻布などの進学校の生徒はそういった基本を十分に知っていて、数学や英語といった伸びるのに時間がかかる科目を重視して、社会科や理科
といった追い込みが効き易い科目は後回しにして一般的な人よりも遙かに上手くバランスを取っている。(まず、中学受験までに親が学習に介入してきたタイプと、かなり放任されてきたタイプとでは大学受験での伸び方が全く違う。)
石の上にも3年とか言うように、石に齧り付いてでも という位の覚悟や執念じみた思い入れやパッションが在るかどうか?

もしも生活の中や何かとの関係性の中で辛いコトが有ったとしたら、

そんなことは自分にとっては実は そんな大した事ではない、本当はどうでもいい事だったんだ、もっと大事な事が有ったんだ、と価値を逓減し、価値観を変えて気が付けるようになると心理的には楽になれますよ。
アイデンティティは状況が作り出す部分が大きい。

人事を尽くして天命を待つ、主観に流されない。

天命は人知を超えているものです。

生きる意味に悩んだ時期もありましたが、意味というものは、全て後から自身の解釈によって後付けされたものであって、先に立つモノではないのですよね。

人の幸せというものは最後になっても分からないものかもしれません、最後が本当に死なのかさえも。。禍福は糾える縄の如し、というように、たとえ いっとき負けたように見えても負けるが勝ちだったと後になって分かる事も有ります、世の中は非常に複雑 多岐なので。

栄枯盛衰、驕れる者は久しからず 。

人間 万事 塞翁が馬。災い転じて福となる。一病息災。損して得取れとも言います、悲観せずに長期的な視点を持ち オプティミズムで淡々と粛々と いきましょう。

何かを取れば何かを失うように、二つ同時に良いコトは無いのです。

まぁ…死ぬ気で 苦心惨憺やった つもりでも、本当に死んだ なんてケースは皆無でしょうね。。


コンプレックスの強い他人は必死になって、発狂気味に 相手を引き下げようと妬み等で ガリ勉だの勉強が出来ただけ だの 何とでも言い難癖イチャモンを付けてきます。

自身の気持ちを守る自己愛や高いプライドや保身のために、自分は 殆ど やっていない等 、色々と言うでしょうが、一切 真に受けたり気にすべきではありません。

努力に相応しない承認欲求なんぞガン無視でOK.

反発したり否定してくるのは、それだけ否認したい相手だという反証。

自身には分からないコトは到達しておらず分からないため、ヤバいorおかしい等と言ってレッテル貼りをしてくる。。

ある意味、それだけ大きな意味と価値がある、という証拠です。

(東大なんてへっちゃらさ、という本の著書が書いていた事ですが、性と社会(学歴社会)とは密接な関連性が在るようです。

つまり、その著書は性的に目覚めて大人になり遊ぶよりも勉強をするようになったと書いてありました。)


(注.この記事では本当に極秘の教材は入手困難でもあるため載せられていません。


また、ごく一部の情報しか載せていませんから、もっと有益な情報を知りたい人はメールしてね📩zhenqiaoben56@gmail.comまで。例:現代文レトリック読解法、最短コース化学など)


参考の類例

・英語

 −単語帳:DUO

 −文法問題集:ネクステージ

 −長文問題集:入門英語長文問題精講

 −英作文教材:竹岡広信の 英作文が面白いほど書ける本


・数学

 参考書:ニューアクション フロンティア


・理科

参考書:エクセル生物 エクセル化学


・社会

 参考書:聴くだけ倫理


・古文

 −単語帳:ゴロ覚え古文単語600

 −文法:望月古典文法 講義の実況中継


・漢文

参考書:岡本のたった3時間で漢文句法


(このブログが、教育系で50位内くらいになったら公益に資する為に、自費も含め、出版も考えるかも。金が金を産む資本主義の下では、金の力で情報統制され、印象操作をされて本当に役立つ発信は出来なくなっているので。あまりにも巨大な詐取システムなので ほぼ誰も気がつかない。真の成功者とは、イル◯ナティにスカウトされても闇落ちしなかった人でしょう。)


(余談:人は生きる意味を見出だそうとします、、自力だけで。意味というモノは、後から脳内で生み出されるものです。先に立つものではありません。人間存在が無ければ生じないのです。その人間存在を規定しているのがDNAです。DNAの情報配列は人知を超えた確率で組み合わされています。

奇跡に近い確率を考え計算してみれば、創造主による創造論に必ず至ります。偶然による進化論は嘘だと分かる筈です。猿が人に成った例など全くないですし、これからもないのです。

また、数理の世界は美しすぎて不完全な人間から かけ離れており、事前なる設計者の存在を感じざるをえない。
完全な無から完全な有が生まれると確固とした証拠もなく信じられる方が寧ろ凄い気がする。完全に無いという事を証明が出来ない人が、何の根拠もなく無いと断言するのは無謀としか言えない)



57.日本のすごい先端科学技術.
著者:橋本幸治さん

今、かなり話題の面白い話が満載で 読んだ損はないでしょう。すごく楽しめる筈です。
(豊かな教養から豊かな生き方が生まれる。)

自分の体験談:高校を卒業して駿台の医系コースに通って半年経った頃、このままでは非常にマズイという感覚に陥った。板書での授業を中心に今のペースでいくと、明らかに模試や校内順位などからみても志望校に届く感じではない。。
その後、医専予備校に行ったが、少人数制の質疑応答が出来るシステムは良かったものの、やはり急激な成績アップとまではならなかった。
方針転換して、理Ⅲ・防衛医科などレベルの高い家庭教師の方に指導してもらってみたが自分の能力を上げるのに直結する感じは薄かった。
その後、自習室での長時間の学習を続けようとしたけれども、効率や指導的な要素などが低く挫折しやすい。
最後にMPRという塾のような形態の所で、指導と自学が両輪で廻る理想的な状態を得られて合格が出来、これが明暗を分ける起死回生の一撃だった。
この理想的な形態を更にバージョンアップしたら、最強の状況が作れると確信を得た。

昔、忍者になる修行の話を聞いた事があります。最初は低いハードルを跳び越え、次第に高いハードルを跳び越える漸増的に増感する方法(漸増法)を取るといったメソッドの話でした。
よほどのことがない限り、いきなり急に最上級の高さに挑ませる訓練はナンセンスだと分かるでしょう。(神経細胞の興奮による発火と細胞間でのシナプス接続の形成を促進する事にならない)
このように、どの分野であってもキチンと段階を踏んだアクセスが大事です。
千里の道も一歩から、です。
ゲームだって、相当に腕の立つ自信満々なプロゲーマーみたいなヒト以外は、最初に触れるゲームは初心者モードから行いますよね。。
難しすぎても簡単すぎてもレベルアップには適正ではない。
負荷が強すぎて躓いたり負荷が弱すぎて得られる学習効果が低かったりケースバイケースではある。

それに反して、難関校の出身者ほど、一般人には こなしにくい量とレベルの参考書類を推奨したり紹介するので、注意が必要です。
臨機応変かつ柔軟に判別しましょう(モノマネだけして前後関係を考慮に入れなければ誤誘導されるだけで大きな遠回りをしてしまいますので。)

(高校数学で一番に大事な事は、発想の根底に流れている表立って明文化されてはいない裏の思考回路を読み解く事。
数学は論理の筋道に従い、文系科目とは真逆の方法で、腰を据えて 覚えないことがコツ。
理系科目の特徴は理解しないと丸で頭に入らず覚えられないという事。
他方、文系科目の特徴は経験的に知らないと丸っきり感得できないという事。)

(類例1:次数の低い文字に着目。←次数(次元)が高い場合は扱いにくいので、扱いやすく考えたり処理が容易な低次の項に目を向けるのが最も妥当な対処方法。
一文字について着目してイコールの形での表示を試みる。(考えにくい複数の文字によってではなく、表現を単純化する解決方法を選び採る。)

類例2:二次方程式の解の公式.
最終的に、X=~という形にもっていきたい。
よって、X^2という部分を一次の形に持っていく為に、括弧の2乗という形(←平方完成の形)にした後、左辺と右辺を1/2乗して、X^1の形にすれば良い。
この考え方を使ったモノが、解の公式の導出過程。)

学業が出来る人というのは言外の暗黙の了解や不文律を自身で捕捉したり、思いを巡らせて解釈した言葉を使い、補正をしたりして説明不足の点を乗り越えて理解したり記憶に利用したりする。文脈や行間で省略されている日本語を言語化して顕現する事で
沢山の問題に当たろうとするよりも一つ一つへの解像度を上げ、階層的・重層的構造への攻略法を見付けよう。
(しかし、本当の基礎というものは掘り下げる程に実は相当に難しいものだ。)
参考に、解ける大学入試数学IAIIBの秘伝 (YELL books)を推奨!

(時間が無い場合は逐一に明文化する必要はないですが、記憶に強く残したい内容やココは明文化しておいた方が後々の為に役立つと感じた時はササッと書き留めて整理するのも大事です。
すでに出来るように成っている事柄というものは、実は言葉にしない内に無意識下で言語化されて身に付いている内容なのです。)

たとえ過去に、運悪くイヤーな感じの教員に当たってしまった経験があったとしても、良い著作家は見つけられる。)


(学校のメリット:友人を作りやすい。デメリット:友人に邪魔されたりしやすい。

家庭教師のメリットは、個人の状況を適切に把握して指導が出来る所で、どこがどう良くないか、どういう点が良い所かを褒めて引き出し、どうすれば良いのかをテーラーメイド方式で直せる。しかし、デメリットとしては受験という競争意識や他者との比較が欠けてしまいがちになってしまう。

学習塾のメリットは、一括の授業なので進度やレベルは一定に保たれる所。
デメリットとしては、集団の中で一括にされるので意欲的に予習復習をする子でないと身に付かない点。周りの大多数と競争意識を持てない場合は向いていない。

個別指導塾のメリットは、直で聞けるので双方向の疑問解消がしやすい。デメリットは、進度が遅れる所。競争意識が低くなってしまう等。相性や親和性の良い所を選択すべき。)

(学業の利点:学問に弱い人間は基本的に物事を精査できかねるので、様々な判断の上で間違いを犯してしまいやすく騙されやすい。)
疲れを取るのに風呂は とても良いですが、半身浴をしないと半分以下の効果になってしまう。

スタサプ(スタディサプリ)などの授業動画(2倍速に近い再生スピードにして、ちゃんと聞きたい所だけ、ゆっくり戻れば結構タイパ(=タイム パフォーマンス)が良い。)を見た後に参考書の関連した問題を解くと効果的。
目が疲れている時はスタサプやCDなどの目を あまり使わなくて済むモノを使用すると良い。
また、スタサプで日商簿記やTOEICの資格取得して就活を優位にするのも良いのでは。

言わずもがな、ただ単に塾に行ってみるなんていう発想は猿でも思い付くたぐいのもので、そんな程度で受験戦争という競争で他者に差を付ける事が出来ると思ったら大間違いもいいところ。しかし漫然と通っている事例は以外とある。

(余談:数学者や研究者を目指しているならば話は別だが(最初から全てを知っていて分かっているなどという人は居ないので)、あまり自分で全て考えて編み出すなどという無謀な試みはしない方が良い。
最先端の数学者でさえ、既存の知識などを踏まえた上で、その中で点と点が繋がる事で気付きという閃きを得て、さらに上に積み上げを行っているのが大半だからです。)

己を制する方が敵を制するより困難。 by.アリストテレス(まずは己に勝ち、スマホを封印して断捨離、己を律し超克すること。諦めなければ試合終了ではない!この檄文でヤル気を取り戻していただけたらと存じます。)

数学を学ぶ上での最大メリット、それはどんな巨大な力でも、数学の絶対不変の真理を覆す事は出来ないという事実である。

学習の初期以外かつ要求レベルが高くない段階以外では、授業形態での学習は余りにも効率が悪すぎるので、自習力を上げること。

集中したい時は図書館、
競争相手を感じたい時は予備校などの自習室、長時間やりたい時はネットカフェ、
一切の誘惑に負けず集中して行える自信がある時は自宅、
耳栓をしながらでも出来るならマクドナルドなどの店、
といった具合いに気分転換を図るべし(30分やって、もし疲れて休みたかったら5~10分は休む。30分やって飽きたら他の科目をやる等)


例えば、数学が一番の不得手な科目の状況ならば、一旦 他の科目は全て止めて数学だけに専念してみる。
一番、不得手な科目が最大の点数への伸び率があるので、一度 コツを掴むと急速に伸びる。そして、疲れたら一番 得意な科目を行い、気分転換を図る(成果が出ると調子は上がる一方、成果が出ないと調子は下がるもの。)

例として、なかなか その気になれない日は、得意科目を2題やったら不得手科目を1題やる等の工夫をしよう。
好き・嫌い、得意・不得意、これらは経験や個性・思考の偏り(≒癖・特徴)等からもたらされたものなので自覚しにくいが、それを逆手に取れると上手く行く。
とりあえず、気乗りしない・やる気がしない状態でも取り掛かると次第に気にならなくなってきてエンジンが掛かってくるもの。

自他の性質・性分だけでなく自己モニタリングして気や欲望をコントロールし、良い運気を手繰り寄せること、人は気に依って左右されているものだから。

ゲーミング(ゲーミフィケーション)という手法では、仕事や学業をゲーム感覚に落とし込んで攻略や達成感を味わう、クリアを楽しむといった手法を用いる。
自身のレベルと噛み合う適切なレベル帯域の問題を選択できる判断力が付くと、歯車が噛み合って回り出したかのように急にレベルアップが加速する。
逆に、自身で こなせない参考書類は、どんなに周囲の評価が高くても全く意味が無い。
(将棋で勝つと次もモチベーションが続き やりたく成るトップダウン方式のタイプと
、負けた後の棋譜の十分な検討から底力を上げてくるタイプとに大きく分かれるように、底力を付けるボトムアップ方式の方が大きく力を付けるケースも多々ある。)

人の心理というものは恐ろしいもので、早生まれで周囲に恵まれた人は自己暗示により自信を持って取り組むので遅生まれの人より良い成績を残しやすいけれど、その一方で慢心し易く晩年期に失墜。
しかし遅生まれの人や末っ子は、晩年運で大器晩成の型になる。(項羽と劉邦、曹操と劉備といった史実を見れば必ずしも強い方が最後に勝つとは限らない(詰め将棋のように一手から大々逆転を喰らう事もある))

食わず嫌い・毛嫌いをして、その科目が嫌いだとか苦手だとか云々する前に果たして周囲に比べて、どの位の熱量をかけたのか注視する必要がある。
好きとか嫌いといった主観性は、単に一時的に好み・趣向が異なったというだけのことであって 環境や状況次第で意外と容易に変化したりするものなので、固定させておく必要なんて毛頭ない。何もキチンとは知らずに一つの側面からだけで分かった気になってしまう事は危険。
自戒して自己理解も深めよう。

人は今は得点源になっていない科目を苦手・不得意科目と呼んでいますが、
いちばん伸び率・伸びシロの残っている実は噛めば噛むほど味が出るスルメのような美味さがある科目だと考えていい(自分にとっての苦手意識のある科目ほど、本腰を入れてガチで取り組むと急上昇するのは、それだけ真っ当には、やってこなかった証)
実は単に(大して)やっていないだけ、という事が大半を占める。
悩みなんて解釈ひとつで吹っ飛ぶ、切り替えを素早く。

数学の偏差値(レベルみたいなモノ)を上げる際に、高い偏差値になった人が簡単すぎる問題に当たっても得られる経験値の量や率が低く、レベルアップには非常に効果が小さくなってしまうように、最適な選択をして心理的な負荷(挫折や躓き)などを加味して考えないと出来る事でも可能性が低くなってしまうので、このような諸事情を十分に配慮しよう。

自然や社会を探究する中で生じた数学 
、コイツさえ何とかなれば…と思っている人が多いでしょうから対策を示します。
数学が嫌になってしまう大多数の原因は現実的な入試という枠に急き立てられ、囚われ過ぎて純粋にジックリゆっくり味わう事が出来ないせいであろうと結論づけられる。
どんなに美味しい食べ物があったとしても、フードバトルや早食い選手権のような状況下では味わうどころではないからだ。。
つまり、時間的な制限を全く取り去ってユッタリと趣味の読書(推理小説かのように)でもするかのように読めば、嫌だとか苦手に感じるといった主観的な要素は殆ど取り去られる。
数学の場合は特に、敢えてコスパや点数を気にしないで読解すれば、それが自然とコスパ最強アプローチになる。
(最も理論やセオリーが根幹を成す科目なのに、試験に間に合わせるとか点数を取るといった目的の為に暗記するとか覚え込むといった無理筋を通せば、必然的に訳も分からず詰め込むので嫌になってくるだけ。また、本番でド忘れすると得点できないので、結果的に苦手科目という事になってしまう。)
諸事情から作られる教科書は掲載できる量が少なすぎて、各単元の目的や狙いや活用法などの説明を示すことが出来ていないので、使う側には実用化への見当が非常に付きにくいのが問題点。
(ある意味で)偽の受験数学という演繹的推論ではなく真の数学に属する帰納的推論によれば、本当は入試さえ楽に突破できる。
(数学の絶大な威力は電子計算機を観るだけでも、作業力の高さが よく現れている。正確さ・速さ等に於いて、過去でも未来でも、どんなに優秀な人間が束になっても敵わないので 人間の側は機械を作る側として、その力を享受する他にない。)
哲学者パンセの言った、人間は考える葦である、という言葉の意味の持つ大きさが示すように、本来は人は考えるのは好きな生き物であり暗記は嫌いな性分なので、数学は元来は人の本性に合っているのです、、入試という時間制限さえ無ければ。
昔のように度胸ばかりで経営が成り立つような時代は終わり、今後は ますます統計的な手法やデータアナリスト等の必要性が高まり、数学なしでは存続危機に陥るようになるので、軽視は既に出来ないようになっています。(アクチュアリーなどの類の仕事も増加する。全ては連動しています。)

数学で上手く行かない大半の原因は、思考過程の繋がりが言葉によって十分には連結されていない所に在ります。
ですから、何処を端折ってしまっていたか?何を分析せずに飛ばしていたか?等を入念にチェックする必要があります。

(学習障害・知的障害でもない限り、ほぼ持久力の勝負と言える)
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」という諺のように、何かを評価する前に、まず自分でそれを体験してみることが大切。(思うて詮なき事は思わず(思っても、どうしようもないことは思わないことだ)
たとえばコップに水が半分だけ入っていたとして、人によって半分しか無いと思うタイプと半分も在ると思うタイプに分かれるように、楽観的に観るか悲観的に観るか大きく区別が出来てしまう訳で、自分にとって良くない解釈をしないよう状況に応じて上手く意識を保ちましょう。
仕事をしだしても、理解力・記憶力・モラルなどの力が弱いと上手く行かないので、学生の時期に錬磨しておく方が良いでしょう。
世の中には相互理解やコミュニケーションではなく支配や勝ちを第一の目的にしているイカレたワガママな自己愛性モラハラ者も居るので、スッパリと切り離す事も大事。好き勝手に何とでも言う人の言動を額面通りに受け取ってはなりません。(人間性の無い者は、必ず将来的に行き詰まりに当たる)
A型の人のように細かい事が得意な人などタイプは様々ですが、真実は内側に在り、魂は血に宿る。

(閑話休題:それから、間違っても 纏めノートを綺麗に書くなんていう時間ばかり掛かる行為で学んだ気にならないようにしないと、際限なく時間が溶けて無くなる。
アンダーライン引きや板書や単なる書き写しも同様で、まるで頭を使っていないので単なる手作業でしかなく自己満足に浸るだけで、単純作業を単細胞生物かのように行っても頭に殆ど負荷が掛かっていないので、ほぼほぼ長くは頭に残らない。
また、赤チャート等の自力で取り組むのが困難な現段階とは不相違なレベルと量・内容の教材は、豚に真珠とでもいう位に無価値なので、早々に無理の大きさを見据えて方針転換した方が良いという事を諫言しておく。早く高いレベルに行きたい気持ちは分かるが変なエゴや段階を超えた欲望に負けない事!
また、特に数学でスタンダードや4step等は、ほぼ答えしか書いていないので苦手な人ほど向いていないので、絶対に やめておいた方が良い。解説が無いので、シッカリと考える余地・余裕が無い事が一番の問題点。)

たとえば将棋で負けた際にAIを使って棋譜を解析すると効果的であるように、
学業でも他者に伝えて解析を効果的にする事は大変コスパが高くなります。

英語の能力を上げたい場合、アメリカ大統領のスピーチや最新の途轍もなく有益な情報が得られる動画が良いです。特にTwitterには、そういったモノが毎日上がっていますし、無料ですので、かなりオススメです。
語学は実際に必要な状況下になければ幾ら机上の勉強をしても殆ど身に付きませんので注意。

中には学校の教材だけで東大などに受かるようなIQが180台の非常な強者も極々マレに居るようですが、一般的には真似は全く出来ないだけでなく参考にならないので他の工夫を重ねるべきでしょう。

結局の所、この世の中の常識は実は非常識なので、正と奇を操るしかない。
定性化は文科系、定量化は理科系の範疇ですが、
性質(男・女あるいは、陽・陰)と数量(多・少)については、それに反する事柄も、清濁あわせ呑むコトで整合性を取るしかない。限界のある人間である以上、何でも推し量れる訳ではないのだから。

現代文(特に評論文での)思考作業の手順。
 ・文章(テキスト)は(その構造上 前から後へと流れざるをえないように規定されているが)筆者の趣旨・主張や論理展開の上では重要度の高い内容は前部ではなく、当然だが後部に書かれる。よって、後部を先に読み込まないとポイントが掴みにくくなる。
しかし、一般的には其のような意識を持って読まず漫然と前から後に向かって読む為、ポイントがボヤケて曖昧になりがちで、結果として重要点を的確には捉えにくくなり間違えたような主観性に流されて独り善がりな解釈に繋がりやすい。
時間制限の上でも、あまり前から後へ繰り返し読む時間や労力はない、よって一読したら後から前へ。
本質を明確に捉えるには、余計な行為を減らす事が大事である為。
前半部分は結論の導出の為に些末な具体例が書かれているにすぎないので、後半部分の深い読み込みが大事。

故に、一読した後は問題リード文の最初から読まず、選択肢の最後の文章を先に読む。具体的には4番目の選択肢の文章。次に3番目と漸減的に行う。引っ掛ける・迷わせる・惑わせる・間違わせる・時間を浪費させる、といった事が試験側の目的なので、それに相反するように読む。
まず注釈文、次に一番 後ろの行から読み、重要度の高い内容を掴む。

58.




施設名:橋本塾
電話番号:07075681564