こんにちは、ツカマコトです。
2024年の4月から北海道の宗谷岬から九州の屋久島まで、日本縦断を徒歩で挑戦中の34歳です。旅を文章でも残しておきたくて、日々、noteと向き合っています。

 

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4月19日の日記『空っぽの愚痴』

悪気もなく、相手を傷つけず、退屈を凌ぐためのコミュニケーションツール。これが空っぽの愚痴。

 

持て余した時間を、無音で過ごすのは逆にストレスになるから、こんな時にはうってつけのやり取りになる。ましてや出会って数日の人だと、共有できることなんてわずかなもので。

 

だから相手のことを深堀りしようにも、そうされることを望まない人だって中にはいる。ほっとけば自分のことをどこまでも話す僕とは対照的に、いま、一緒に働いている通称”デカイちいかわ”は、おそらく僕とは対照的な人で。

 

そう感じてからは、彼女の身の回りに関することをあまり聞かないようにしている。

 

でもでもやっぱり一緒に働く時間がほとんどだから、何も話さないのは違う。そうすぐに相手との時間を放棄せず、平和な時間を過ごすことが一番だ。

 

他ならぬ自分自身がストレスを感じないようにするために。そりゃあ、相手によっては、僕の方が殻に籠ることだってあるけれど。できればそうはしたくない。

 

だからなるべく、会話の中に相手の懐に入る糸口を見つけたら、それを少しずバレないように解いていく。そのお陰もあって、デカいちいかわとの関係性は、3日目にしてかなりいい線まで来ている。

 

なんならここでストップさせてもいいくらいだ。こことの関係性が上手くいったら、次に距離を縮めようとしている人は決まっている。これも僕が勝手に付けた名前ではあるけど、その人は”春馬”という。

 

名前の由来はシンプルで、俳優の三浦春馬からきている。高身長でスタイルもいいし、黒髪で爽やかな雰囲気をまとっている。仕事上での接点はないものの、少し前、洗面台でほんの3分くらい一緒にはを磨いていた。口をゆすぎ終わったタイミングで、僕の方から軽く話しかけてみた。

 

やっぱり間違いない、春馬だった。話し方さえも爽やかだ。歩いて旅している自分に少しでも興味を持ってもらえるよう、ジャブも打ち込んでおいた。

 

これまでの流れ、なんか恋する乙女みたいになっているけど。いい人そうな人とは、仲良くなっておきたいだけ。飽くまで「〜そう」なだけで、実際はどうか分からないけれど、きっとファーストコンタクトで得たこの直感は、きっと間違っていない。

 

彼はきっと春馬(ちょーいい人)に違いない。

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4月18日の日記『旅の勧め』

旅をしているうちに出会いが繋がって、その輪が今でも広がり続けている。確かに旅をする前、こうなればいいな、と願ってはいたけれど。これほどまでになるとは思いもしなかった。
 
1年前まで存在すら知らなかった景色や人が、今では僕の中で確かに存在していて、日本という国が前よりもずっと広く感じるようになった。
 
見えていなかった部分が見えるようになると、思考の幅は広くなるし、深さも増していく。人と比べることはできないけれど、1年前の自分がずいぶんと小さく見えるのは確かだ。
 
この旅で感じた色々が、間違いなく僕を成長させてくれている。これまで生きてきた数十年なんて、たかが知れていて。世の中見たこともない、聞いたこともないものばかりで溢れている。
 
だからこそ、怖がる必要はない。嫌な出来事や、嫌いな人は、知らないだけで山ほど存在する。でもその反対もそう、嬉しい出来事も、いいなと思う人だって、知らないだけで山ほど存在する。それをこの1年で思い知った。
 
一つ、なるほどそうか、と気づいた事がある。なんとなくどこか、旅は遠くへ行く事だと思い込んでいたけれど。僕が思うにそれは少し違っていて、旅は遠くへ行く事ではなく、心を動かす事なのだと感じた。
 
それはなんというか、自分の中にある感性をかき混ぜて、普段とは違う自分を引き出し、そこから新しい感覚を得るような。
 
そうすることで、これまでと違った一歩を踏み出せるようになって、今が変わっていくのだと。言ってみればそう、旅は未来だ。
 
あの日、踏み出した最初の一歩から1年が経った、およそ1800kmもの道をこの足で歩いた。さて、あと半分。どんな未来へ繋がっているのだろう。

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4月17日の日記『慣れるまで』

今日からスタートした住み込み先での勤務は、まずは肩慣らしといった感じで、思っていたよりも緩くスタートした。
 
特別難しい作業はなく、客室以外の清掃を淡々と進めていくだけ。覚えることが苦手な僕でも、2、3日もあればどうにか慣れそうでちょっと安心。お昼は3食でるし、布団の中で寝れる。
 
歩き旅をしているお陰で、たったこれだけのことで幸せを感じることができる。幸せなんて、所詮はただの主観による決めつけだということを考えられるようになったのは、紛れもなくこの旅のお陰と言える。
 
で、ここで稼いだ分というのは、7月から再スタートする旅の資金へと投じられる。歩いては働き、歩いては働きの繰り返し。そんな生活をして、間もなく1年が経過しようとしている。
 
仕事場は転々とするし、収入が多い訳でもない。けれど、好きでもない仕事でストレスを感じていた日々のことを考えると、今はせいぜい他人のイビキを聞くことくらいで、それ以外のストレスを探すのことのほうが難しいくらいだ。
 
そういえば、この人里離れた標高1900mの場所に、どうしても一冊持って行こうと考えていた本があって、今日から早速それを読み進めている。物語ではなく、啓発本の類。
 
これまで何度も自分を変えようとして、サボって、また奮起してそれでもまたサボってしまって。そんなだらしのない性格で、それでもまたまた奮起して動き始めた。
 
劇的なんて運任せに歩むより、今している旅のように、毎日の一歩の積み重ねから自分を鍛えあげていく。そんな心構えで。

 

 

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4月16日の日記『はじめての立山連峰』

突如として運行の取り止めが決定された、立山駅発のケーブルカー。除雪が追いつかず、高原を走るバスの身動きが取れない状況らしい。

 

次々と引き返していく観光客の流れに逆らいながら、ホームに到着すると、11:40までベンチに座ってやり過ごす。事前に送られていたケーブルカーの乗車証を見せると、従業員のための便に乗せてもらえるとのこと。

 

関係者っぽい待遇を受けているみたいで、自分が特別な人間かのようにも思えて、ちょっと嬉しかった。

 

発着場には、どうしても諦めきれず、せめて写真だけでも撮ろうとしている外国人観光客の姿があって、それを尻目にケーブルカーへと乗り込む。それに気づいた外国人観光客たちの眼差しは、ちょっとだけ圧が強いかった。

 

ケーブルカーが走る道は、信じられないくらい、ほとんど垂直と言える角度の急傾斜を上り進めている。15分ほどで到着した美女平という駅に、ホテルの従業員の方が迎えに来てくれていて、本来はバスで行くはずだった道を車で送り届けてもらった。

 

車の窓から見える景色は、どこまでも雪の壁。数時間前まで桜を目にしていたはずなのに、まるで季節を逆走したかのような風景が延々と続いている。

 

雪が溶けるのは7月になってからだということを知らされて、ようやく自分が異世界にきた実感が湧いてきた。


風の匂いも空の色も、遠くに見える街の灯りも、これまで味わってきたものとはまるで別もののようで、それが同時に、これから味う未知の世界への入り口のようにも思えた。

 

空気が冷たく、吐く息は白い。間違いない、やっぱり僕は異世界に足を踏み入れたようだ。



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【お世話になった人】


左から”録ふぁーむ”の録ちゃんと”中野ふぁーむ”のケイスケさん。2人とそれぞれのファミリーと、本当に長い時間を過ごさせてもらった。

それは日本縦断旅、北海道編でのこと。

出会うキッカケを与えてくれたのは、かれこれ10年以上前、僕がまだ20代前半の頃に参加したボランティアで繋がった方だった。その頃の縁が今もずっと続いていて、今回の旅へと繋がっている。

あれから何年もの時を経て、巡りめぐって来た今回の出会い。

思い出はたくさんあるけれど、何からどう書けばいいのか迷ってしまうほど。ただ、ここで見た景色も、食べたご飯も話したことも、経験させてもらった数多くのどれもが、人として内側から成長させてくれたのだった。

人として成長するというのは、ちょっと抽象すぎるから、飽くまで僕の中のイメージを言語化すると。人としての成長というのは、自分の中にある”面”を増やすという行為だと考えている。

見た景色、食べたもの、感じた痛みや悲しみ、音楽に映画、それから知識や経験、出会った人。ありとらゆるものが面をつくる要素であり、それこそが人の側面なのだと。

それら面を繋ぎ合わせて、三角形の人もいれば、四角形の人もいる。もしかしたら100角形の人もいるかもしれない、同じ形でも色が違ったり。

こういう考えで人を見ると、形や色として想像することができて結構面白い。

だから相手の考えを理解できない時というのは、相手が自分には持ち合わせていない面を持っているのだと捉えることができる。

かくいう僕は、まだまだ面が少ない人間だ。

だからこの旅では人と会い、まだ味わったことのない経験を求めている。

この旅の中で、心臓の音が聞こえそうなほど心拍数が上がった瞬間がある。鶏の首に刃物を当て脈を切る寸前と、鹿に狙いを定めライフルで撃つ寸前(その瞬間をすぐ傍で見ていた)

確かにあの時、命と向き合ったような気がした。あの瞬間を、今でも鮮明に記憶している。別に、これらは経験する必要のないことかもしれない。

けれど、これを経験する前と後とでは、明らかに自分の中の面の数が変わったような気がした。そんな経験をさせてくれた2人を、一緒に写せる機会があった。こうして北海道は、僕の中で特別な場所になった。



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【くじら雲】

つい、このあいだまで過ごしていた能登の桜は、間も無くピークを迎えようとしていたけれど、富山市内は見頃を終え葉桜。

 

いよいよ春も終盤かな、と思う一方で、遠くに見える立山連峰はまだ雪を被ったまま真っ白な姿をしている。

 

押し寄せる春に、冬が土俵際で踏ん張っているみたいに。いったいあの冬は、いつまで、何月まで耐えらえるのだろう。

 

そうやって季節がぶつかり合っているのに、僕は公園にあるベンチの端で、呑気に人の動きを眺めていた。

 

ブツブツと変な音が聞こえると思ったら、芝生の上を、おじさんが自転車で横切った。

 

公園の隅では、まだかろうじて花びらを残した桜の下で、ヒラヒラと、いかにもわざとらしくスカートを靡(なび)かせながら、女性が2人写真を撮っている。

 

シートを敷いて抱き合い寝転がる、中年っぽい夫婦なのかカップルなのか。

 

子供を抱えたまま、遠くにいる誰かに向けて、リズムを刻むように背伸びをしながら手を振るお母さんの姿。手を振る方向に視線をずらしても、それに応えているような人は見当たらなかったけど、どこにいたんだろう?あの後、合流できたのかな。その前にベンチを離れたから。

 

そういえば公園の空を、クジラが泳いでいた。あれは誰がどう見ても親子のクジラと言う、子供だって。

 

誰か1人でもそれに共感してくれる人がいたら、その人はきっと少しだけ声を張る。

 

ひとり旅をしていると、こういう小さな感動と時を分かち合う人がいない。別にひとり旅が寂しい訳ではないけど、たまには誰かと平凡を過ごしたいと思った、それって寂しいってことか。

 

せめて空に向け語りかけようと思った時には、たしかにさっきまでいたクジラは、どこか遠くの空へ。

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こんにちは、ツカマコトです。北海道の宗谷岬から、九州の屋久島まで。日本縦断を徒歩で挑戦中の33歳です。[2024.04.18~]

 

18時退勤ではあるけれど、暇をいいことに倉庫から食材を取り出して晩御飯の支度を進めた。

 

とはいえ毎週金曜日の夜に届く食材は、一周間のうちにほとんど使い果たしてしまっていて、

 

今日の晩御飯に使える食材はずいぶん限られている。

 

そんな状況下でも簡単に献立を決めてしまう女性陣たちが、逞しく思えた。

 

こと料理においてはびっくりするほどダメな僕ではあるけれど、ここ最近の食事ではあオカズを一品作るようにしている。

 

同僚に食べてもらうことで美味しく作ろうとするし、食べてもらった後は意見をもらえる。

 

料理嫌いな僕でも、いい意味で強制力が働いている。

 

そして気がつけば自分の中の習慣に変化が生まれ、これまで無かった意識が組み込まれていく。

 

大丈夫大丈夫、ちゃんと成長している。

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塚真のインスタグラム




 

 

こんにちは、ツカマコトです。北海道の宗谷岬から、九州の屋久島まで。日本縦断を徒歩で挑戦中の33歳です。[2024.04.18~]

 

安定していた空模様は久しぶりの下り坂。

 

一日中、ポツポツと雨が降っていた。

 

こんな日は決まって宿の中で過ごすようにしている。

 

仮にどこかへ行こうと思うと、それだけで往復のバス代が2千円ほどかかってしまう。

 

この島での休日移動というのは、実は財布に優しくない。

 

自分の部屋にこもっている方がよっぽど生産的だ。

 

とは言ってみたものの、なかなか作業を進める手が捗らない。

 

何もない礼文島なはずなのに、手元にあるスマホやPCから、自分の好きなアニメや映画にすぐアクセスできてしまう。

 

休日前夜まであったやる気の炎は、こうしていつもかき消されてしまう。

 

進んだ距離でいうと、目と鼻の先。

 

いったい何をしていたのだろうと、夜になって後悔するのも慣れた。

 

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塚真のインスタグラム




 

9月に入ってからの天候は、8月以前に比べるとずいぶんと安定傾向にある。

 

気温は少し冷たくなってきた感じがして、本州にいた頃のような蒸し暑い日を、1日も体感しないまま夏が終わりそう。

 

島に来た当初、部屋に冷房器具がないことに不安を覚えた記憶があるけれど。

 

今となってはそんなものは必要ないということがわかった。

 

なんでもいいから、とにかく未経験を消化する。

 

そんな目的を掲げた今回の旅において、目に見えない事すらも僕にとっては大収穫となる。

 

”当たり前”なんてのは、ただの思い込み、あるいは知識不足による視野の狭い人間の考えからくる言葉なのかな。

 

そんなことをこの日記を書きながら考えていた。

 

目の前のことを疑う、というより。

 

自分の考えが全てではないと自覚し、目の前の事から想像を膨らませることをいとわない心意気でありたい。

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恐竜の生き残りは、まだこの世界のどこかで身を潜めているに違いない。

 

まるで小学生のような会話を交わしながら林道を歩き始めた。

 

何日か前に降った雨は、いまだコース上にその痕跡を残していて、何度かぬかるみに足を滑らせた。

 

そんな今日は雲ひとつ無い青一色の空模様で、風は僅かに秋の匂いを含んでいる。

 

案内役として職場の女性陣に付き添って歩くのは、4人目となる今日が最後。今回一緒に歩いたのは、道内出身で僕より一回りも年下の子。

 

10日後には島を離れることが決まっていて、一緒に歩けるのも今日が最初で最後だ。

 

道中は沿岸部に打ち寄せた昆布を拾って投げたり、捕まえた虫がハンミョウであることを教えたり、川の水で顔を洗ったり。

 

礼文島の自然を満喫しながら歩いた。

 

コースも終盤に差し掛かったころ、太陽の光で銀色に輝き風にそよぐススキを見た。と、同時に。

 

穂先についた綿毛が風に舞う頃には、職場の人数が今より減っているのかと思うと、少しだけ寂しくもなった。

 

丘陵を跨ぐ登山道からは、今朝となんら変わらない青い空が、ずっとずっと遠くまで続いているのが見えた。

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